先週、忙しくて一週間お湯に浸かれなかった話を書いた。その週の土曜に温泉へ行って、三時間かけて体を戻した。やり方は長くなるので別に書くと書いたので、これがその続きだ。
▷前の記事 シャワーだけだと体はどうなる?|湯船に浸からない一週間で、私に出た冷え
これは私が自分の体で見つけた入り方だ。だから最後に注意も書いておく。
お湯では暑いのに、水風呂では寒いだけ
芯が冷えている日は、入ってすぐに分かる。
お湯に長く入っているとちゃんと暑くなる。汗も出てくる。それなのに水風呂に行くと、いつものような気持ちよさがない。ただ寒い。長く入れない。
暑いのに寒い。矛盾しているようだけれど、これが「表面は温まっているのに芯が冷えている」ときの体感だ。
いつもなら水風呂は気持ちがいい。芯まで温まっているから、冷たさが気持ちよさに変わる。芯が冷えていると、冷たさが冷たさのままで終わる。
一瞬だけ、水風呂に浸かる
そういう日にやっているのが、これだ。
- 水風呂に肩まで浸かる
- すぐに上がる(浸かったと思ったらもう出る)
- お湯に入る
- 暑いと感じたら、また肩まで一瞬だけ水風呂
- すぐ上がってお湯
これを数回繰り返す。
肩まで浸かってすぐ上がると、体がぱっと熱くなるのが分かる。冷たさに体が反応して、内側から熱が上がってくる感じだ。それがものすごい勢いで起きる。その熱くなった状態でお湯に入ると、いつもよりずっとよく温まる。
数回やっていると、体が変わってくる。それまで長く入れなかった水風呂に、いつものように気持ちよさを感じながら、ゆっくり長く浸かれるようになる。そうなったら戻った合図だ。
土曜はこれをしながら三時間入って帰ってきた。上がったときには、一週間で溜まった足元の冷えも、首と背中のコリもなくなっていた。
▷ ふだんの水風呂の入り方はこちら → 私の水風呂の入り方|温泉で体を芯まで冷やす温冷浴のやり方
短いほど温まり、長いほど冷える
なぜ一瞬なのか。
冷たさを感じると、体は皮膚の血管を締めて熱を逃がさないようにする。同時に、熱を作る働きも上がる。だから短い時間なら、熱は外に逃げずに中にこもる。この反応のことを、私は反射と呼んでいる。
長く浸かると、逆に奪われる熱のほうが勝つ。だから体は冷える。
つまり同じ水風呂でも、短いと温まり、長いと冷える。目的が逆になる。
芯が冷えている日は温めたいので短く。芯まで温まっている日は気持ちよく冷やしたいので長く。私はそう使い分けている。
朝の水シャワーも、同じように長さを使い分けている。ただ「夏は長め、冬は短め」と決めているわけではない。冬もしっかり冷やして、そこから自力で体温を戻すことを目的にする日もある。決めているのは季節ではなく、その日の体調だ。
深さも関係している
もうひとつ、水風呂で大事なのが深さだ。
浅い水風呂と深い水風呂では、同じ温度でも冷たさの届き方が違う。深いと立っていてもお腹まで沈むからだ。水に触れている面積が広いほど熱は逃げるし、お腹のあたりには内臓がある。芯に近いところが冷やされる。
京都の仁左衛門の湯の水風呂は17℃、尼崎の湯の華廊は私の体感で18℃。温度はほとんど同じなのに、お腹までしっかり沈む湯の華廊のほうが、冷たさの届き方が明らかに深い。
面白いのは、夫の体感が私と逆だということだ。
夫は身長が180センチ以上ある。その夫は「湯の華廊のほうが温度が高い」と言う。数字のとおりで、実際に湯の華廊のほうが1℃高い。
私は逆に、湯の華廊のほうが冷たいと感じている。1℃高いのに、だ。
たぶん、水が体のどこまで来るかの違いだと思う。同じ深さの水風呂でも、背が高い人ほど水は体の低いところで止まる。私の身長だと数センチ深くなるだけでお腹まで浸かってしまうけれど、夫は同じ数センチではお腹まで届かない。だから夫は温度の差をそのまま感じて、私は深さの差を感じている。
同じ水風呂に一緒に入って、感想が逆になる。もしこれが温度だけの話なら、二人とも同じことを言うはずだ。逆になるということは、深さが効いているということなのだと思う。
だから芯を冷やしたくない日は、深い水風呂で長く浸からないほうがいい。一瞬で上がるやり方なら、深い水風呂でも大丈夫だ。
▷ 深さ80〜140センチの水風呂 → 大阪・美人湯 祥風苑|夫がはまったぬるぬるのお湯と、気づいていなかった深い水風呂
▷ 水圧の話 → お風呂の水圧って体にどう働く?|温熱・水圧・浮力と、立ち風呂の水圧は約2倍
分かっていることと、分かっていないこと
正直に書いておく。
冷たさで血管が締まって熱が逃げなくなることと、寒さで体が熱を作ることは、体の仕組みとして知られていることだ。冷たい水と温かいお湯を交互に使うと、お湯だけのときより血流がよくなるという報告もある。
でも「一瞬の水風呂を数回繰り返すと芯の温度が上がる」ことを直接調べた研究は、私が探した範囲では見つからなかった。
だからここは、私の体感の話として読んでほしい。理屈はつくけれど、証明されたやり方ではない。
途中で、また寒くなることがある
数回繰り返すと体が戻ってきて、水風呂に長く入れるようになる。お湯に長く入ると暑くなってくる。それなのにしばらくすると、また寒さを感じてくることがある。
三時間も入っていると、これが起きる。理由はいくつかあると思う。
ひとつは、冷たさがあとから効いてくること。水に浸かっているあいだは皮膚の血管が締まっているので、冷えた血は手足に留まっている。お湯で温まって血管がゆるむと、その冷えた血が体の中心に戻ってくる。だから水から出たあとに芯が下がることがある。低体温症の医学ではよく知られている現象だそうだ。
もうひとつは、熱を作るには燃料がいること。体は寒さを感じると熱を作るけれど、無限には作れない。何度も繰り返すうちに追いつかなくなってくる。お腹が空いているときは、なおさら寒くなりやすい。
それに、お湯に長く入っていると汗で水分が減る。水分が減ると、体温の調節そのものが鈍る。
「熱を作るのが間に合わない」という感じは、たぶん当たっているのだと思う。
水風呂の入り方を、三つ持っておく
寒くなってきたからといって、やめてしまわなくていい。入り方を変えればいい。
私は三つの入り方を持っている。
① パッと肩まで浸かって、すぐ上がる
芯が冷えている日の最初はこれ。反射を起こして体を熱くするため。
② 肩まで浸かって、ゆっくり長く
芯まで温まっている日。冷たさが気持ちよさに変わっているとき。
③ 立って、下半身だけ浸かる
肩まではしんどい日。あるいは②で限界まで浸かったあと、もう少し冷やしたいとき。
三つ目が、いちばん出番が多い。
立って下半身だけ水に入ると、冷たさを感じるのがずっとマシになる。深さの圧もそこまで強くない。それでいて、ちゃんと冷やせる。
そしてこの姿勢のときに、上半身のストレッチをする。首と肩を回したり、伸ばしたり。パソコンで固まったところに、これがよく効く。土曜に首と背中のコリが消えたのは、温冷浴だけでなくこれもあると思う。
立ってストレッチをすると、たぶん熱も作っている。
筋肉を動かすと熱が出る。寒いときに体が勝手に震えるのも、筋肉を動かして熱を作っているからだ。自分で動かせば、震える前に同じことをしていることになる。
それに立つと、上半身が水から出る。水に触れている面積が減るので、逃げる熱も減る。
面白いのは、水の中で激しく動くと逆に冷えるということだ。動くと水がかき混ざって、体のまわりにできていた少し温かい水の層が流されてしまう。冷たい水の中で泳ぐと、じっとしているより早く体が冷えるのはこれが理由だそうだ。
その点でいうと、下半身は静かに浸けたまま上半身だけ水の外で動かすというのは、都合がいい。熱を作るほうだけを取って、熱を奪われるほうを避けていることになる。
だからこの姿勢だと、水風呂に長くいられるのだと思う。
調子のいい日は、②で限界まで浸かってから③に移ってもう少し冷やす。寒く感じる日は②を飛ばして③だけにする。①だけの日もある。
その日その時に、自分がやりたいほうを選ぶ。
とはいえ、三時間もいれば体は変わる。下半身だけでいいと思って始めても、途中で体が温まってきて、気がつけば肩まで浸かれるようになっていることが多い。だから最初に無理をしなくていい。
嫌だと思いながら、入らない
三つ持っている理由は、我慢しないためだ。
南山さんの話で、いちばん大事だったのはここだった。「ストレスは体に悪い」というのは、慢性的にというひと言がついたときだけの話で、急性的に、自分でコントロールできる形で与えるストレスは体に悪くない、むしろ必要なものだという話だ。
▷ 冷水は体に悪い?その思い込み、南山紘輝さんの話で全部ひっくり返った。
自分でコントロールできる形。ここが全部だと思う。
慢性のストレスは、終わりがない。自分で止められない。休む時間もない。だから体を削る。
水風呂は、短い。自分で出られる。出たあとに休む時間がある。だから体を鍛える。
違いは強さではなくて、自分でコントロールできるかどうかだ。
そう考えると、嫌だと思いながら我慢して入るのは、水風呂をわざわざ慢性ストレスの側に近づけてしまう行為になる。自分でコントロールしているという、一番大事なところを手放してしまうから。
ここは間違えやすいので、はっきり書いておくと、強く入るのが悪いのではない。
温度差が大きいほど、抱えていた慢性的なストレスも一緒に消えていく。これも南山さんの話で、私の体もそう感じている。だから調子のいい日は、顎まで浸かってピリピリしてくるまで入る。
でもそれは、自分で選んで強くしているのだ。自分で「もうここまで」と決めて出ている。強さを自分で決めているうちは、ちゃんとコントロールの中にある。
もうひとつ、間違えやすいことがある。「嫌だと思ったら入らない」という単純な話でもないのだ。
冷たい水の前で「嫌だな」と思わない人はいないと思う。南山さんも「浴びる前は嫌だなと思うけど、僕はやる」と言っていた。私もそうだ。
入る前の「嫌だな」と、入っている最中の「もうやめたい」は、別のものだと思う。
入る前の嫌は、自分で決めて越えていい。というより、越えるから意味がある。でも入っている最中に「もうやめたい」と思ったら、それはすぐ従っていい。
見分ける目安は、息だ。芯に熱があるときは、寒いと感じても息が詰まるような不快さはない。息が詰まるような寒さになったら、そこが境目だと思っている。
コントロールを手放すと慢性的なストレスに近づいてしまうと思っている。
だから私は我慢しない。肩までが無理なら下半身だけにする。それは手抜きではなくて、水風呂を「好きなもの」のままにしておくための選び方なのだと思う。
アスリートと同じことをしなくていい
南山さんの話の中に、アスリートは医師をつけて限界まで体を冷やす訓練をすることもある、というものがあった。
体も心も鍛えあげた人が、そばに医師をつけて、管理された中でやっている。だからあれだけのストレスにも耐えられるし、耐えることに意味もある。
私たちは違う。あそこまで強靭な体も精神も持ち合わせていないし、横に医師もいない。だから「息が詰まってきたら引き返す」くらいの判断でいい。それが私たちに合った目安なのだと思う。
アスリートや超人と同じことができないのは、当たり前だ。
更年期でしんどいときは、人と比べて落ち込みやすくなる。すごいことをやっている人を見て「私はそこまでできない」と思ってしまう。でも比べる相手が違うだけだ。あの人たちと同じことをする必要は、どこにもない。
芯が戻ったかどうかの確かめ方
家に帰ってから、下腹部を触ってみる。恥骨の少し上のあたりだ。
お腹は内臓のある場所だから、本当は体でいちばん温かいはずのところだ。ここが冷たいときは、芯の熱が足りていない。
厳密に言えば、触って分かるのは皮膚の温度で、体の芯の温度そのものではない。芯の温度は病院で直腸や鼓膜を使って測るものだ。でも家でできることといえば、触ってみることしかない。そして温かいはずの場所が冷たいというのは、それだけで十分なサインになる。
去年の私は、夏でもここがものすごく冷たかった。今年は冷たくない。
▷ 更年期の冷えは変えられる|去年はカイロ、今年は芯が冷えない私の実感
最後に、大事なこと
これは、何年もかけて水に慣らしてきた体の話だ。
冷たい水と温かいお湯を急に行き来するのは、心臓と血管に負担がかかる。血圧が高い人、心臓に病気がある人、高齢の方には危険なやり方だ。真似しないでほしい。
体調の悪い日はやらない。お酒を飲んだあともやらない。不安があれば、始める前に医師に相談してほしい。
そして急がなくていい。少しずつやっているうちに、体は慣れる。
温泉に行くと、70代80代のおばあさんが水風呂に入っている。あの人たちも、いきなりできたわけではないはずだ。

