更年期のしんどさが底だった頃、家族にすすめられて温泉旅行に行くことになった。行きたい気持ちはほとんどなかった。でもその温泉で、思ってもいなかった体の変化に出会うことになる。
▷ その頃のことはこちら → 更年期の始まりは、冷えと汗と眠れない夜だった|温泉とからだの記録
行きたくなかった温泉旅行
正直、行きたい気持ちはほとんどなかった。出かける準備をするのもしんどいし、できることならただ家で寝ていたかった。
でも家族が心配して声をかけてくれたことが伝わってきて、その優しさを前にして「行きたくない」とは言えなかった。行きたいというより、断れなかったという感覚が近かったと思う。
温泉に着いて「来たからには入っておこう」という平たい気持ちでお湯に浸かった。一回目に入ったときは、正直何も感じなかった。それでも冷えをどうにかしたいという思いだけは強かったので、短い時間で何度も何度も入ることにした。
お湯に入っても寒さを感じていた頃の私
当時の私は冷えがひどいとき、お湯に浸かっている最中なのに寒いと感じることがあった。芯が温まらず、自分の体のまわりから、お湯がだんだんぬるい水に変わっていくような感覚。追い炊きをしてもその感覚は消えず、結局、湯船から上がって服を着ているときのほうがお腹の寒さがマシに感じる。
そんな矛盾した不思議な感覚を、私は「仕方ないもの」として受け入れていた。お湯の中で寒い寒いとお腹の冷たさに震えていたこともある。
この感覚は、人に話しても伝わらなかった。まわりにそんな人もいなかったので、自分がおかしいのかと孤独感をつのらせていた。体がしんどいうえに理解されない。あのつらさは、体のしんどさとはまた別のものだった。
男性である夫には、たぶん絶対に伝わらない。幸いうちの夫はしんどそうな私を責める人ではないので、この症状で嫌なことを言われたことはない。でも理解はされなかったし、症状についてちゃんと話を聞いてもらえたわけでもなかった。もし一番身近な人に伝わらないまま、家事をなまけているように思われている人がいたとしたら、それは悲しすぎると思う。
女性でもこれを感じている人は私のまわりにはいなかったので、女性同士の会話でも孤立しがちな話なのかもしれない。だからもし同じ感覚の人がいたら、これを読んで少しでもホッとしてもらえたらと思う。あなたの感覚はおかしくない。
あの矛盾には理由があった
ずっと不思議だったこの感覚について、あとから調べてわかったことがある。
体温には、体の表面の「皮膚温」と、内臓や脳の「深部体温」の二つがある。お湯に浸かると皮膚はすぐ温まるけれど、深部体温はなかなか上がらない。だから表面は熱いのに中は寒い、という矛盾が起きる。
そしてもうひとつ。ストレスや疲れで交感神経が上がりっぱなしになっていると、湯船に浸かっても血管が十分に広がらないという。血管が開かないから、温かい血が体の奥まで運ばれない。当時の私はまさにその状態だったのだと思う。追い炊きをしても表面が熱くなるだけで、お腹の奥はずっと冷たかったわけだ。あれは気のせいではなかったのだ。
では、なぜ玉造温泉では入った瞬間から冷たさを感じなかったのだろう。ここもずっと不思議だった。調べてみたら、泉質の違いだったようだ。
玉造温泉は塩化物泉。塩化物泉は、同じ41℃で15分入っても、水道水のお風呂では体温が1.0℃上がるのに対して、1.5℃くらいまで速く上がるという研究があるそうだ。塩分が肌の表面に膜を作って熱を逃がさないので、熱の入り方そのものが違うのだという。
つまり家のお風呂では、どれだけ追い炊きをしても熱が奥に届く前に逃げていた。でも玉造の塩のお湯は、入った瞬間から体の奥まで熱を届けてくれていた。私の体は、泉質の違いをちゃんと感じ取っていたのだと思う。おかしかったのは私の感覚ではなくて、お湯が違ったのだ。
ちなみにこの「塩の膜」の話は、ずっとあとに入った蒲田の黒湯でも出てきた。あのときようやく、最初の温泉で起きていたことの答え合わせができた気がした。
▷ 塩の膜の話はこちら → 蒲田の黒湯温泉|東京で一番黒いお湯に入りに、夫婦で通うようになった話
その時は気づかなかった体の違和感のなさ
でも今思えば、その時の温泉ではあの「お腹の冷え」を最初から感じていなかった。ただ、その時はそれに気づかなかった。
「温まった」「効いた」そんなふうに思うこともなく、温泉に過度な期待もしていなかったのだ。
一晩眠って初めて気づいた変化
その日の夜。私は枕が変わると眠れないタイプで、旅行先では元気なときでも眠れないことが多い。それなのにその日は、芯からぽかぽかでぐっすり眠ることができた。そこで初めて「あれ?」と自分の体の変化に気づいた。
目が覚めたとき、体が楽で気持ちが明るかった。普段から早起きの生活なので「チェックアウトまでにあと2回は入れる」と思って、朝ごはんの前と後にもう一度温泉に入った。
そこまでくると気持ちはすっかり前向きで、ご飯もおいしい。楽しくなって温泉街を少し歩いてから出雲大社へ向かった。体力が落ちていたはずなのに、そのあと車で石見銀山へ行き、歩くことも苦なくできた。気がつくと帰るころには体がすっかり元気になっていて、楽しいと感じる時間を過ごしていた。体が楽でワクワクしていたのを、今でも覚えている。
「楽しかった」より先にあったのは「体が楽だった」
行った温泉は玉造温泉。出雲大社や石見銀山に立ち寄り、自然を楽しみながら帰った。
不思議だったのは「楽しかった」よりも「体が楽だった」ことだった。
この温泉で体が楽になった理由は、その時はまだわからなかった。でもこの体感をきっかけに、私は「なぜこのお湯は違ったのか」を少しずつ考えるようになる。
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▷ 玉造温泉そのものについては、あらためて書いた → 【温泉と体の記録】玉造温泉|記憶より先に体が反応していた
温泉に行けない日は、お風呂に塩を
理由がわかっても、すぐに塩の温泉に行ける人はそう多くない。気力がないときは特に「じゃあ無理だ」とすぐ諦めてしまう。私もあの頃はそうだった。だから家でできることも書いておきたい。ちょっとの変化しかなくても、救いの一歩にはなると思うから。
家のお風呂に塩を入れる方法だ。塩を入れると体が温まりやすくなって血行もよくなると言われている。理屈は塩化物泉と同じ、塩の膜だ。
目安は天然塩なら30〜50gくらい。最初は20〜30gの少量から試すのがいいそうだ。エプソムソルトなら150〜200g。お湯は38〜40℃のぬるめで15〜20分。汗をかきやすくなるので、水分をとりながら入ってほしい。
ひとつ大事な注意がある。塩を入れた日は追い焚きをしないこと。塩分で浴槽の配管がさびる可能性があるそうだ。私のように「追い焚きしても寒い」と戦ってきた人には残念な話だけれど、家を傷めては元も子もない。だから入る直前にお湯を張って、その一回で入りきるのがいい。家族が続けて入るなら、最後の人が塩を入れる形にすると気が楽だ。市販のバスソルトには追い焚きできると書かれた製品もあるので、表示を確認してみてほしい。
正直に書くと、家の塩風呂は本物の塩化物泉ほど濃くはならない。温泉の代わりにはならない。でも「何も入れていないお湯より温まりやすい工夫」くらいには、ちゃんとなってくれる。あの頃の私が知っていたら、少し救われたと思う。
どんな塩を選べばいいのか
私は料理教室をしているのだけれど「どんな塩がいいのかわからない」と聞かれることが本当に多い。使っている塩を教えてほしい、買っているお店を教えてほしいと言われる。わからないと、そこで止まってしまうのだ。だから具体的に書いておきたい。
お風呂に入れるなら、ミネラル(特にマグネシウム)が残っている天然塩がいい。見分け方は簡単で、パッケージの原材料が「海水」だけで、製法に「天日」「平釜」と書かれているもの。逆に「イオン膜」とあるものはミネラルが少なめになる。精製塩(いわゆる食卓塩)はミネラルを取り除いてあるので、塩風呂には向かない。
そして肝心の銘柄だ。まずは伯方の塩や赤穂の天塩で十分だと思う。スーパーで買えて1kgで数百円。塩風呂の定番として名前が挙がる二つで、毎日使ってもお財布が痛まない。
もっとミネラルにこだわるなら、ぬちまーす(沖縄)や雪塩(宮古島)がある。独自の製法で、ふつうの天日塩や平釜塩よりミネラル分をかなり高い濃度で結晶化しているそうだ。海の精(伊豆大島)や粟国の塩(沖縄)も、にがりを残した天日・平釜の代表格。
こういう塩はスーパーではなかなか見かけないので、気になったときに手に入りにくい。私も欲しいときに探しまわった覚えがあるので、リンクを置いておく。
ただ正直に言うと、お風呂に数十g入れるくらいでは、高い塩と安い塩で価格差ほどの体感差は出にくいと思う。塩風呂の主役は塩の膜だからだ。だからお風呂は安い天然塩をたっぷり気軽に、いい塩は料理で味わう。私はこの使い分けをおすすめしている。
岩塩と海塩、お風呂ならどっち
塩には海塩と岩塩がある。海塩は海水を乾かして作ったもので、岩塩は何億年も前の海水が陸で結晶化したものだ。
お風呂で温まりたいなら海塩がいい。海塩はマグネシウムとカルシウムが豊富で、岩塩と比べるとマグネシウム量に10〜30倍の差がある(製品によって違う)そうだ。岩塩は鉄や亜鉛が多く、粒が大きくて溶けにくいものもあるので、じっくり溶かして雰囲気を楽しむのに向いている。
ブラックソルトで温泉気分を味わうのもいい
ブラックソルトというヒマラヤの岩塩もある。硫黄成分を含んでいるので、お風呂が硫黄の香りになって、まるで温泉のようになる。
ただ、正直に書いておきたい。本物の硫黄泉と同じ効能があるわけではない。温泉は温泉法で成分の量が決まっていて、お風呂に岩塩を数十g入れるのとは濃度が桁違いだからだ。硫黄泉には殺菌力があって皮膚のトラブルにいいと言われるけれど、それはあくまで温泉の濃度での話だと思っている。
でも、それでも温泉に行けるようになるまでは、ブラックソルトで温泉気分を味わってもいいと思っている。なぜなら脳は、思い込めばそのように動いてくれるからだ。「温泉に入っている」と感じられるなら、それは体にとって意味のある時間になる。香りでリラックスできれば副交感神経も動く。気分だけ、と侮れないのだ。
▷ 脳が思い込みで動く話はこちら → 些細なミスで眠れなくなった夜|更年期の落ち込みと、脳に「大丈夫」と言い聞かせる朝シャワー
ひとつ注意。岩塩の還元力で貴金属が変色することがあるそうなので、アクセサリーは外して入ったほうがいい。硫黄成分は配管を傷めることもあるので、追い焚きは避けるのが安心だ。
エプソムソルトは、じつは塩じゃない
私も今回調べて初めて知ったのだけれど、エプソムソルトは塩ではない。名前に「ソルト」とつくのに、中身は硫酸マグネシウムで、塩(塩化ナトリウム)は入っていないのだ。15〜16世紀にイギリスのエプソムという場所で見つかって、見た目が食塩に似ていたからこの名前になったそうだ。
これが実は大きなメリットになる。塩分を含まないので配管がさびる心配が少ない。だから「追い焚きできない」という問題を避けられる可能性が高い。肌にやさしくて敏感肌や子どもにも使えるとされていて、欧米では家庭の定番なのだそうだ。塩の膜とは仕組みが違うけれど、家で気軽に続けるならこちらのほうが現実的かもしれない。目安は150〜200gと少し多めに使う。
※製品によって追い焚きの可否は違うので、パッケージの表示と浴槽・給湯器の説明書を確認してくださいね。
塩は、頭に乗せてもいい
塩の使い道はお湯に入れるだけではない。私は塩サウナがある温泉では、塩を頭に乗せることがある。じっとしていると、あとで頭がすっきりしてくる感覚があって気持ちいい。体に塗るよりも、頭に乗せるほうが変化を感じる。
これにも理由があった。塩サウナは室温が低めで湿度が高いので汗をかきやすく、乗せた塩が汗でゆっくり溶けていく。その溶けた塩がスクラブのように働いて、毛穴の汚れや余分な皮脂を落としてくれるのだそうだ。ヘッドスパのような爽快感がある、と言われている。頭皮は皮脂が多いから、体より変化を感じやすいのだと思う。
コツは、塩が汗で溶けるまで待つこと。溶ける前にこすると肌を傷めてしまう。髪ではなく頭皮に乗せるようにして、流すのはシャワーで塩を落とすだけで十分だそうだ。そしてひとつだけ大事な注意。顎を引かないこと。引くと塩が目に入るので(笑)。
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ここから始まった
今振り返ると、この一泊が私の体との付き合い方を変えた出発点だった。あのとき「断れなかった」だけで出かけた温泉が、まさか自分の体を教えてくれることになるとは思っていなかった。
ここから私は湯治のことを調べ始めて、温冷浴にたどり着き、今では週末に3時間も温泉に入るようになった。あの頃「何も変えられない」と思っていた体は、少しずつ変わっていった。
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※これは私の体験の記録です。冷えやしんどさが続くときは、我慢せず婦人科や内科で相談してください。
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