岐阜県の下呂市小坂町に、ひめしゃがの湯という温泉がある。

まず最初に書いておくと、ここは金曜・土曜・日曜・祝日しか開いていない。入浴は10時30分から21時まで。平日に行っても入れないので、そこだけ気をつけてほしい。
最初に入ったのは、24度の露天だった
お風呂は内湯と露天に分かれていて、内湯には加温した炭酸泉と白湯と源泉風呂、それにフィンランド式のサウナがある。露天には源泉風呂と白湯。
私はまず露天の源泉に入った。
源泉はおよそ24度で、加温していない。つまり冷たい。それなのに、これが絶妙な温度だった。入る瞬間はひやりとするけれど、浸かってしまえばゆっくりしていられる。
この感じは滋賀の蒲生野の湯の冷泉とよく似ている。ただし冷泉の質そのものは全く違う。似ているのは「入るときは冷たいのに、長く入っていられる」という、あの感じのほうだ。
源泉の湯船が大きいのが嬉しい。冷たいお湯の浴槽は小さいことが多いので、ここは贅沢だと思う。
内湯の炭酸泉は、天然とは思えない泡だった
内湯には、その源泉を36度前後に温めた炭酸泉がある。
泡がすごい。天然の炭酸でこんなに泡がつくのかと思った。肌に細かい泡がびっしりついてくる。
36度なので、お湯としてはぬるい。でもぬるいから長く入っていられる。30分もあっという間に過ぎた。
あとで知ったのだけれど、この宿がすすめている入り方は「36度前後の炭酸泉に10分ほど入ると効果が高まる。24度の源泉風呂と交互に入るとより良い」というものだった。
温かいほうとぬるいほうを行ったり来たりする。ここでも同じだった。
3時間、二つの風呂をうろうろしていた
結局、私は3時間いた。
源泉に30分、ぬるい炭酸泉に45分くらいの感覚で、二つの風呂を行ったり来たりしていた。源泉は最初こそ冷たいけれど、慣れると30分くらいは入っていられる。
露天から見えるのは山だ。この日は青空だったので山の緑がくっきりと出ていて、綺麗というより神々しかった。
ここまでの道のりも、山があまりに迫ってくるので少し怖いくらいで、もののけ姫に出てくる山や神隠しの話を思い浮かべながら走ってきた。そうして今、その山をお湯に浸かって見上げていると、今度は好きな『神去なあなあ日常』のほうを思い出していた。
そんなことを考えていたら、山から小猿が降りてきて、塀の上を走り回りはじめた。
常連さんと旅人が、入り混じっている
このお風呂には、地元の常連らしいおばあさんと、旅の人が入り混じっていた。
面白かったのは、旅人同士が話していたことだ。
「どこから来られたのですか」と声をかけ合って、楽しそうに話している。ひとりは、下呂温泉に行くと言ったら人に「それならここの方がいいよ」とすすめられて、今日はじめて来たと言っていた。
もうひとりの話がよかった。
去年も来たけれど時間がなくて30分しか入れず、慌てて帰ったのだという。でもそのあとも、ここのお湯が忘れられなかった。だから今年は長湯をしに来たのだと。
一年越しで、このお湯に入りにきている。それを聞いて、私も3時間いてよかったと思った。
飲める。しかも持ち帰れる
外に飲泉所がある。ヒノキの東屋が建っていて、その下で湯が汲めるようになっている。

説明板を読んで、ここでも驚いた。湯が出てくる石は、約54,000年前の御嶽山の大噴火の溶岩流でできた巌立の石だという。この日の朝に見に行った、あの巌立峡の岩と同じものだ。あれだけの大きさの岩を見てきたあとなので、その一部から湯が落ちてくるというのは、なんだか不思議な感じがした。

飲んでみると、しっかり炭酸を感じた。鉄の味と、ほんのり甘い炭酸水という味だ。想像していたより、ずっと飲みやすい。
ただ横の掲示に、飲み方の決まりが細かく書いてあった。
この温泉はふっ素を含むので、1回に飲む量は100から150ミリリットル、1日で350ミリリットルまでとされている。15歳以下は原則として飲まないこと。飲むなら食事の30分ほど前がいいこと。コップは自分専用か使い捨てのものを使うこと。

飲用の適応症のほうには、胃腸機能の低下、胃十二指腸潰瘍、逆流性食道炎、耐糖能異常(糖尿病)、高尿酸血症(痛風)、萎縮性胃炎、便秘が並んでいた。飲んで効かせる温泉というのは、入って効かせるのとは適応症がまるで違う。
そしてペットボトルを250円で買うと、温泉水を持ち帰ることができる。
ここでひとつ書いておきたいことがある。同じ掲示には「飲泉場から飲用目的で温泉水を持ち帰らないこと」とも書いてあった。
これは全国の飲泉所に共通して貼られている注意で、理由は温泉が湧き出たあと変わってしまうからだ。とくに鉄や二酸化炭素を含む温泉は、変化が大きいとされている。ここはその両方を持っている。
つまり飲んで効かせるつもりなら、湧きたてをその場で飲むしかない。持ち帰った時点で、もう別のものになっている。
その代わり、施設のほうは持ち帰った湯を温めて足湯に使ったり、料理に使ったりすることをすすめている。こちらは薬として飲むのではなく、水として使う話だ。しかも火にかける。飲むために持ち帰るのはだめで、料理に使うために持ち帰るのはいい。そういう区別だと思う。
私は自分の分と、温泉好きの友達の分を持って帰った。渡したら「あー、ひめしゃが行ったんや。下呂にも行ってたんやな」と、いつも通り全部知っていた。この人の温泉の知識は、本当にすごい。
分析書に「間欠泉のため測定不可」と書いてあった
飲泉所の横に分析書が立ててあったので読んでみたら、面白いことが書いてあった。

湧出量の欄が「間欠泉のため測定不可」になっている。
温泉の分析書はだいたい毎分何リットルと書いてあるものなので、これは初めて見た。出たり止まったりするから測れない、ということらしい。
もうひとつ面白かったのが、色の記述だ。採水したときは「無色透明」と書いてあるのに、試験室での試験になると「黄褐色の濁り、褐色沈殿あり」に変わっている。
これが、そのまま本当だった。

湧き出しているところは無色なのに、溜まっているところはもう少し色づいている。持ち帰ったペットボトルの水も、汲んだときは無色だったのに、だんだん色がついてきた。そして温めた湯のほうが、色が濃かった。
色そのものは明治温泉のお湯に似ているけれど、もっと薄い。少し乳白色が混じった茶色で、飲泉所の石の色をそのまま薄くしたような色といえば近いと思う。お風呂のお湯も、飲泉所と同じ色をしていた。
鉄が空気に触れて変わっていくのを、時間を追って見たことになる。飲んだときに鉄の味がしたのも、これで腑に落ちた。
明治温泉が届かなかった線を、ここは越えていた
数字を見ていて、もうひとつ気づいたことがある。
この旅のはじめに泊まった奥蓼科の明治温泉は、炭酸を649ミリグラム含んでいた。それなのに泉質は単純温泉だった。二酸化炭素泉と名乗るには1000ミリグラム以上いるので、あと351ミリグラム足りなかったからだ。
ひめしゃがの湯は1171.2ミリグラムで、こちらは越えていた。だから泉質の名前も「含二酸化炭素−ナトリウム・カルシウム−炭酸水素塩・塩化物冷鉱泉」と、頭に炭酸がついている。
濃さも違っていて、成分の総量は明治温泉の1.4グラムに対してひめしゃがの湯は7.7グラムと、5倍以上あった。
泉質の名前は、基準に届いたかどうかで決まる。ひとつの旅で、その基準に届かなかったお湯と、越えたお湯の両方に入ったことになる。数字で並べてみると、線がどこに引かれているのかがはっきり見えた。
持ち帰った温泉水で、湯豆腐を作った
ここには鉱泉料理という文化がある。
施設に紙が貼ってあって、炭酸泉を使った料理が書いてあった。天ぷらの衣を冷えた炭酸泉で作るとサクサクになる。ご飯は一度沸かして冷ました炭酸泉で炊くとふっくらする。肉を漬けると柔らかくなる。野菜のあく抜きに重曹の代わりとして使える。
そして湯豆腐に最高だと書いてあった。

レストランにも鉱泉湯豆腐定食と鉱泉粥があるので、この土地ではふつうの使い方らしい。
帰ってから作ってみた。土鍋に温泉水をそのまま入れて、白菜としいたけと木綿豆腐を入れて火にかけると、すぐに泡がブクブク出てくる。炭酸が抜けているのだと思う。


しばらく煮ているうちに、豆腐の表面が溶け出して、鍋の中が豆乳のように白く濁ってきた。紙に書いてあった通りで、残った豆腐は角が取れてまろやかになり、溶け出したほうにはコクが出る。だしを取っていないのに味があるというのが面白かった。

友達にも温泉水を渡したので、豆腐も一緒に渡した。湯豆腐をしてもらおうと思って、帰りの道の駅で木綿豆腐と堅豆腐を買っておいた。
売店ではタオルも買った。「神秘の炭酸泉」と大きく書いてある。行った先でタオルを買うのが、いつのまにか癖になっている。
この翌日に寄った金沢の金城温泉でも、やっぱりタオルを買っている。

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施設データ

- 場所:岐阜県下呂市小坂町落合1656
- 源泉名:ひめしゃがの湯(湧出地は同町落合2417-1)
- 泉質:含二酸化炭素−ナトリウム・カルシウム−炭酸水素塩・塩化物冷鉱泉(低張性−中性−冷鉱泉)
- pH:6.62(現地では6.5)
- 源泉温度:22.3度(分析書。館内の案内では約24度)
- 湧出量:間欠泉のため測定不可(掘削自噴)
- 主な成分:炭酸水素イオン3749.1mg、ナトリウム1382.3mg、塩化物イオン697.4mg、カルシウム342.4mg、メタけい酸126.0mg、メタほう酸66.4mg、鉄(Ⅱ)14.2mg、遊離二酸化炭素1171.2mg。溶存物質6.497g、成分総計7.669g/kg
- 知覚的試験:採水地では無色透明・炭酸味・微塩味・微金気味。試験室では黄褐色の濁りと褐色沈殿
- 分析年月日:2022年4月26日採水(採水地は本館横の飲泉場の取泉口)
- 適応症(泉質別・浴用):きりきず、末梢循環障害、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症、自律神経不安定症
- 適応症(一般的・浴用):筋肉や関節の慢性的な痛みやこわばり(関節リウマチ、変形性関節症、腰痛症、神経痛、五十肩など)
- 飲用の適応症:胃腸機能低下、胃十二指腸潰瘍、逆流性食道炎、耐糖能異常(糖尿病)、高尿酸血症(痛風)、萎縮性胃炎、便秘。※飲用の禁忌症は「該当なし」
- 飲むときの決まり:ふっ素を含むため1回100〜150ml・1日350mlまで/15歳以下は原則として飲用を避ける/食事の30分ほど前が望ましい/自分専用か使い捨てのコップを使う/飲泉場から飲用目的で持ち帰らないこと
- 持ち帰り:ペットボトル250円で温泉水を持ち帰れる。ただし飲用目的の持ち帰りは掲示で止められているので、温めて足湯にしたり料理に使うためのものと考えるのがよさそう
- お風呂:内湯=加温した炭酸泉(36度前後)・白湯・源泉風呂・フィンランド式サウナ(セルフロウリュ)/露天=源泉風呂・白湯
- 宿がすすめる入り方:36度前後の炭酸泉に10分ほど。24度の源泉風呂と交互に入るとより良い
- 営業日:金・土・日・祝日のみ
- 営業時間:入浴10時30分〜21時(受付は20時30分まで)/レストラン11時30分〜15時(オーダーストップ14時30分)。※冬季は時間が変わる
- 料金(2026年9月・券売機の表示):入浴(中学生以上)950円/小学生500円/小学生未満は無料/障害者手帳をお持ちの本人(中学生以上)500円。回数券は12枚つづりで9,500円(有効期限1年)。※2026年7月25日に改定(大人900円→950円、回数券9,000円→9,500円)
- 貸しものなど:タオル400円・バスタオル600円(どちらも買い取り)/ひげそり100円/ハブラシ100円
- 支払い:現金とクレジットカードのみ。電子マネーは使えない。クレジットはカードタイプのみで、決済はフロントへ
- 注意:小学生からは混浴できない(女の子は女湯、男の子は男湯)
- レストラン「ひめ亭」(入口の左奥):鉱泉湯豆腐定食1,700円/鉱泉しゃぶしゃぶ定食2,400円/鉱泉粥定食1,000円/けいちゃん定食1,650円/飛騨牛朴葉みそ定食3,500円/カレーライス1,000円/カレーうどん950円/かけうどん・かけそば各750円/シフォンケーキ500円/コーヒー600円。私はなっとく豚のとんかつ定食、夫はけいちゃん定食
- モーニングコーヒー:土曜・日曜の8時30分〜10時30分に500円から(お風呂が開く前の時間)
- 売店:きなこのおやつ「げんこつ」がシンプルで美味しかった
- アクセス:JR飛騨小坂駅から車で約15分
- 昔の呼び名:傷湯と呼ばれ、家に持ち帰って温めて使っていたそうだ
※営業日と時間は変わることがあるので、おでかけ前に公式サイトでご確認ください。
この旅で書いた6本
2026年9月の3泊4日。長野から岐阜・富山・石川をまわって、温泉に5つ入った。
- ① 奥蓼科・明治温泉(長野)
- ② 飛騨川温泉 しみずの湯(岐阜)
- ③ 巌立峡(岐阜)
- ④ 巌立峡 ひめしゃがの湯(岐阜)(この記事)
- ⑤ 連休で宿が取れない(富山)
- ⑥ 金沢・金城温泉 元湯(石川)

