旅の三日目、朝いちばんに岩を見に行った。
岐阜県下呂市小坂町の巌立(がんだて)。この日はこのあとひめしゃがの湯に入る予定だったのだけれど、この岩と、あの温泉が、同じところから来ていたと知ったのは帰ってからだった。

高さ72メートル、幅120メートル
車を降りて見上げて、声が出た。すごい迫力だ。
縦にびっしりと筋が入った岩の壁が、そのまま立っている。上には木が生えていて、下には崩れた岩が積み重なっている。

説明板にこう書いてあった。
この断崖は巌立(がんだて)と呼ばれ岐阜県指定天然記念物です。椹谷の渓谷に直面して、水面上の地肌部分から高さ約72m、幅約120mに渡って懸崖をなして露出しています。およそ5万4千年前の摩利支天火山群の活動により噴出した溶岩が、兵衛谷に沿って約17km流下しつつ、溶岩全体が冷やされ垂直方向に割れ目ができたのがこの巌立柱状節理です。
縦の筋は、溶岩が冷えて縮むときに入った割れ目だった。
岩の種類は両輝石安山岩。御嶽山を含むこの溶岩流一帯は、日本地質百選と岐阜県の美しいひだ・みの景観百選に選ばれている。
17キロというのがよく分からなかったのだけれど、別の看板に「溶岩流の距離 なんと17km」と書いてあって、そこにこうあった。
六万年。想像を超える遥かな物語がここにはあります。
この縦の筋は、前にも見ていた
見上げているうちに、この岩を前にも見たことがあると思った。
河津七滝だ。伊豆の、七つの滝が並んでいるところ。あそこの岩にも、同じ縦の筋が入っていた。
調べてみたら、やっぱり同じものだった。河津七滝は約2万5千年前に伊豆東部火山群の「登り尾南火山」から流れた溶岩が谷に入ってできたもので、七つのうち六つの滝に柱状節理が見られる。
| くらべたもの | 河津七滝(静岡) | 巌立(岐阜) |
|---|---|---|
| 火山 | 伊豆東部火山群・登り尾南火山 | 御嶽山・摩利支天火山群 |
| 時期 | 約2万5千年前 | 約5万4千年前 |
| 岩に入った筋 | 柱状節理 | 柱状節理 |
火山も時代も違うのに、できかたが同じだから同じ顔になる。溶岩が谷を埋めて、冷えるときに縦に割れて、そのあとを川が削っていく。その順番がどこでも同じということらしい。
言われてみれば、滝が多いのも似ている。河津は七つ、小坂は216か所。溶岩が埋めた谷は、滝ができやすい。
この岩と、温泉がつながっていた
園内の大きな案内板を読んでいて、手が止まった。

活火山御嶽山の恵みとして、この周辺には天然炭酸泉の湧く湯屋温泉、下島温泉、また、御嶽山小坂口登山道の起点でもある標高1800mに位置する濁河温泉など全国的にも珍しい特徴的な泉質の温泉資源も豊富です
下島温泉。これがこの日の午後に入ったひめしゃがの湯の源泉名だ。
絵地図を見ると、巌立、牛の鼻づら、巌立地蔵、一の鳥居、そして下島温泉とひめしゃがの湯が、一本の線の上に並んでいる。
ひめしゃがの湯の飲泉場には、巌立の溶岩だという石が置かれていた。あのとき「へえ」と思って通り過ぎたのだけれど、そうではなかった。あの炭酸泉も、この岩も、同じ火山から来ている。
遊離二酸化炭素が1,171ミリグラムもあった、あの湯だ。溶岩が流れたその下を、二酸化炭素を含んだ水が通っている。
日本一、滝の多い町だった
もうひとつ、知らなかったことが書いてあった。
落差5m以上の滝が、昭和56年から58年の小坂の滝調査で162箇所、平成8年の調査で54箇所確認され、日本一滝の多い町とされています
合計216か所。英語の表記でも「日本でいちばん滝の多い町」と書いてあった。
溶岩が谷を埋めて、そのあとを川が削っていった。削られ方が場所ごとに違うから、これだけの数の滝ができたということらしい。
協力金は、二人で1,000円
がんだて公園には環境維持協力金がある。一人500円から。小中学生以下は無料だ。
私たちは二人で1,000円を払った。
パンフレットによると、この協力金は公園周辺や滝めぐりコースの清掃、遊歩道の補修、施設の維持管理に使われる。歩いてみると、木道も手すりも階段も、きちんと直してあるのが分かる。払う値打ちがあると思った。
遊歩道を歩く

木道に苔が生えていて、朝の光が斜めに入ってくる。空気が澄んでいた。

途中に赤い橋(瀧見橋)がある。そこから下を見ると、岩が両側から迫っていて、真下を水が流れている。
マイナスイオンが7,460個
途中に、手書きの看板があった。

本日のマイナスイオン
測定時間 午前8時30分現在/天気 曇/気温 16℃/湿度 85%
マイナスイオン 7,460 個/cc
*マイナスイオンは、通常家庭では0〜100個位ですが、滝の近くではたいへん多く発生しています。マイナスイオンは、血圧を正常にしたり自律神経の沈静化などの作用があります。
また「自律神経」が出てきた。この旅で何度目だろうと思う。
ただ、ここはきちんと書いておきたい。マイナスイオンの健康への働きは、まだはっきり決まっていない。
森の中でマイナスイオンを浴びると脈の打ち方が変わって、副交感神経のほうが優位になったという研究はある。血圧が下がったという報告もある。けれど研究の数そのものが少なくて、どういうしくみでそうなるのかも分かっていない。
なので「体にいい」とまでは書けない。分かっているのは、家の中の70倍以上の数字が出る場所に立っていた、ということだけだ。
それでも、あの空気が気持ちよかったことは本当だ。
見られた滝は、ひとつだけだった
同じ柱に、もう一枚「通行止」の看板が下がっていた。
災害で遊歩道が途中から通れなくなっている。写真を見返すと、谷が土砂と流木で荒れているのがはっきり分かる。

見られたのはこの滝ひとつだった。
三ツ滝は上段6メートル、中段11メートル、下段5メートルの三段になっているそうで、虹が見えることもあるらしい。
犬を連れた方に会った
遊歩道で、犬を連れた方に会った。
数年前にも犬と来たことがあるそうで、あかがねとよという滝がとてもきれいだったと話してくださった。犬も足を少しつけられる場所があるらしい。
本当にきれいな場所だから、また見たいと思って来たのに残念
そう言っておられた。通行止めを残念に思っていたのは、私たちだけではなかった。
パンフレットによると、あかがねとよは落差14メートル。「あかがね」は銅、「とよ」は雨樋のことで、雨樋のような形をした滝と、青く透明な滝壺が特徴だそうだ。からたに滝のほうは落差15メートルで、滝壺がドーム状に覆われていて音が反響するらしい。どちらも3時間コースの先にある。
そして、この滝めぐりのコースは犬と歩ける。犬を連れて伊豆をまわったときにも思ったけれど、犬と一緒に歩ける自然の道は、あるようでなかなかない。
ただ、私が公式に確かめたわけではない。犬と行くつもりなら、先に問い合わせておくほうが確実だと思う。
いつかまた来たい。そのときは通れるようになっているだろうか。
熊の看板
入口に、黄色い看板が立っていた。
この付近で熊が目撃されています!
正直に言うと、「熊?」と思ったけれど、さすがに観光地だしと深く考えなかった。途中までしか行けないとも聞いていたので、長く奥へ入るつもりもなかった。
ただ、パンフレットにはこう書いてある。
ここは、野生動物たちの住処でもあります。特にクマの「出会い頭」を防ぐため、鈴を鳴らしたり、コース各所に設置された熊よけの鐘を響かせたりして、あなたの存在を知らせてあげてください
3時間コースのほうへ行く人は、鈴を持っていったほうがいい。「熊よけの鐘」がコースの途中に置いてあるそうだ。
牛の鼻づら
公園から少し離れたところに、細い道がある。そこに車を停めて立ち寄った。

道端に「牛の鼻づら」と手書きされた木の札が立っている。それだけだと何のことか分からない。
説明板を読んで、やっと分かった。

溶岩流の内部をのぞく・牛の鼻づら
一の鳥居公園よりがんだて公園に至る約1kmの道中にみられる溶岩流の岩尾根は小巌立と呼ばれています。溶岩が冷えて固まる際に内部にたまった水蒸気が噴出し、稀に洞穴となって残ることがあります。ここでは人が中に入れる程度の洞穴となっています。2つに空いた穴が牛の鼻に似ていることから牛の鼻づらと呼ばれています。
溶岩の中に閉じ込められた水蒸気が、噴き出して抜けた跡。それがこの穴だった。
岩が息を吐いた跡を、5万4千年たって人がくぐっている。

穴の脇に巌立地蔵が祀られていて、赤い頭巾をかぶっておられた。そのそばに書き物があって、時計回りに一周してお地蔵様にお願いをすると叶うとあった。
これは写真に撮っていない。お地蔵様のすぐそばだったので、撮るのが憚られてやめた。だからここだけは、現地で読んだ記憶で書いている。
「おじゃまします」と言いながら回った
お地蔵様がいらしたので、「失礼します」と言って、正面から撮らないように端に寄せて写真を撮らせてもらった。
中に入ると、暗い。私はこういうところが怖い。夫に手を持ってもらいながら、「おじゃまします。ありがとうございます」と声に出して言いながら回らせてもらった。
お地蔵様に手を合わせてお願いごとをして、お賽銭も少しした。
車の鍵が開かなかった
「願いが叶うかな」と言いながら車に戻って、私が先に乗った。
次に夫が乗ろうとしたら、運転席のドアだけ鍵がかかっていて開かない。開けようとしてもすぐ閉まる。こんなことになったことがない。
しばらく「あれ?あれ?」と往生していたら急に開いて、夫が「車がつぶれたんかな?」と言い出した。
私が「お礼もお邪魔しますも言わなかったから、お地蔵さまが怒ってはるんちゃう?」と言うと、夫は小さな悲鳴を上げて「ごめんなさい」とつぶやいた。
原因はいくらでも説明がつくと思う。スマートキーの反応とか、何かの拍子とか。ただ、そのあとの夫を見ていたら、原因のほうはもうどうでもよくなった。
湧き水のところで
牛の鼻づらのすぐそばに、湧き水が出ているところがある。そこにも寄らせてもらった。
ここにもお地蔵様がいらしたので、「手を洗わせてください」と一言言ってから洗った。すごく冷たくて気持ちよかった。
夫が無言なのでちらりと見たら、手を合わせて拝んでいた。
よほど怖かったらしい。ちゃんと拝んでいる姿が、微笑ましかった。
理屈の話は通じにくい人だ。それなのに、私が何も言わないうちに、次の場所では自分から拝んでいた。
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データ(巌立・がんだて公園)
- 場所:岐阜県下呂市小坂町落合(がんだて公園)
- 巌立:高さ約72m・幅約120m。岐阜県指定天然記念物
- できかた:約5万4千年前の摩利支天火山群の活動で噴出した溶岩が、兵衛谷に沿って約17km流下。冷える過程で垂直方向に割れ目ができた=柱状節理
- 岩石:両輝石安山岩
- 選定:日本地質百選/岐阜県の美しいひだ・みの景観百選/小坂の滝めぐりは「岐阜の宝もの」第1号(平成20年8月23日)
- 滝の数:落差5m以上が216か所。日本一滝の多い町
- 環境維持協力金:一人500円から(小中学生以下無料)。私たちは二人で1,000円
- 駐車場:普通車40台・バス5台程度
- コース:30分コース/約1km(三ツ滝・標高差約70m)と3時間コース/約4km(三ツ滝・あかがねとよ・からたに滝/標高差約130m)
- 三ツ滝:上段6m・中段11m・下段5m。虹が見えることもある
- ※訪問時は災害で一部が通行止め。見られた滝はひとつだけだった
- マイナスイオン:訪問日の掲示で7,460個/cc(午前8時30分・曇・16℃・湿度85%)。通常の家庭は0〜100個
- 熊:目撃情報の看板あり。鈴を持っていくことがすすめられている
- 牛の鼻づら:一の鳥居公園からがんだて公園に至る約1kmの岩尾根(小巌立)にある洞穴。溶岩が固まる際に内部の水蒸気が噴出してできた。2つ空いた穴が牛の鼻に似ていることからこの名がついた
- 巌立地蔵:牛の鼻づらの脇に祀られている。そばの書き物に「時計回りに一周してお願いをすると叶う」とあった
- 滝めぐりの音声ガイド:現地のQRコードから無料で聞ける(日本語・英語・中国語・フランス語)
- 問い合わせ:NPO法人 飛騨小坂200滝/飛騨小坂観光協会
※数字と説明は現地の看板とパンフレットによるものです。巌立地蔵のそばにあった案内だけは、お地蔵様の近くだったので撮影しておらず、現地で読んだ記憶で書いています。
この旅で書いた6本
2026年9月の3泊4日。長野から岐阜・富山・石川をまわって、温泉に5つ入った。
- ① 奥蓼科・明治温泉(長野)
- ② 飛騨川温泉 しみずの湯(岐阜)
- ③ 巌立峡(岐阜)(この記事)
- ④ 巌立峡 ひめしゃがの湯(岐阜)
- ⑤ 連休で宿が取れない(富山)
- ⑥ 金沢・金城温泉 元湯(石川)

