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三日坊主ではないのに続かない|休んだあと戻れる人と戻れない人の違い

机の上の4月の卓上カレンダーに赤い丸が飛び飛びについている水彩画。横にやることを書いたメモとペンが置いてある からだと暮らし

新しいことを始めて三日で終わることは、わりと少ないほうだと思う。だいたい1か月から3か月はそこそこ真面目に続く。

崩れるのはいつもそのあとで、風邪をひいたり忙しくなったりして何日か休むと、その休みから戻れないままやめてしまう。これを何度も繰り返してきた。

やめてしまったもの

思い出せるものを並べてみる。

朝のヨガ。動画が1本で30分あって、見ながら体を動かすものだ。気に入ってやっていたのに一度やめると急に億劫になった。

毎日のトイレ掃除。1か月ほど続いたところで体調を崩して間があいてしまい、そのまま戻れなかった。

間食をやめるダイエット。これは絶対に途中でくじける。しかも食べていないあいだは必要以上にストイックになるので、余計に反動が来る。何年も戻れていないのはこれだ。

温冷浴だけは毎年やめても戻れていた

ところがひとつだけ、やめても必ず戻ってくるものがある。30代から続けている温冷浴だ。

甲田療法のやり方で、体と頭を洗ってからお湯と水に1分ずつ、7回繰り返す。正確には水から入るのが本来のやり方なのだけれど、病気でない私はお湯からでも問題ないだろうと自分で決めて、楽なほうから入っていた。

ただし真冬になると続かない。どうしても冷たくて無理になる日が来るので、そこでやめてしまう。それなのに夏前になると必ず戻っている。

ヨガは一度やめたら戻れないのに、温冷浴だけは毎年戻る。同じ私がやっているのに、なぜこれだけ違うのだろうと不思議だった。

違いはやめ方だった

考えてみてやっと分かった。温冷浴をやめるとき、私はこう思っていた。

もう冷たくて無理。また夏前になったら始めよう。

やめると同時に、戻る日を決めていた。

だから夏前になると「そろそろだな」と、断念したことのほうを思い出す。カレンダーに書いているわけでもないのに、季節が来ると勝手に浮かんでくる。

ヨガもトイレ掃除もダイエットも、ここが違った。断念だけして戻る日を決めていなかったので、「また落ち着いたらやろう」と思ったまま止まっている。そして「落ち着いたら」はいつまでも来ない。

これには名前がついていた

調べてみたら、If-Thenプランニング(実行意図)というものだった。

「もし○○になったら、△△する」と先に決めておく方法で、運動の習慣を保つのに使った人のうち9割以上が効果を感じたという報告がある。

効くのはやる気の問題ではないらしい。先に決めておくと、きっかけが来たときに決めた行動が勝手に頭に浮かぶので、その場で「やるかどうか」を考えなくてよくなる。

私の「夏前になったら」は、まさにこれだった。知らずにやっていたことになる。

続いているものを見てみた

やめたものばかり挙げたけれど、途切れずに続いているものもある。そちらを見るほうが早いかもしれないと思った。

ひとつはエレコアメソッド。SAKIさんの動画を見ながらやる運動で、これは続いている。理由ははっきりしていて、10分で終わるうえに、その日の体調で選べるからだ。しんどい日は座って肩を回すだけにして、元気な日はしっかり動いて息が切れるくらいのものをやる。

それにエレコアには続きがある。体が温まったところで、そのまま水シャワーへ向かう。ひとつの流れになっているので、次に何をするかを考えなくていい。

もうひとつは朝の水シャワーで、こちらは去年の9月から続いている。ただし忙しい日や体調の悪い日はやらないし、冷たすぎて一瞬で切り上げる日もある。それでも戻れているので、続いていると思っている。

同性のお手本だと頑張れる

エレコアのことで、自分でも不思議に思っていたことがある。

SAKIさんが「運動が苦手な方へ」という感じで話してくれるのが、とてもありがたい。「ちょっとだけでいいよ」という言葉を若くてかわいい女性から聞くと、同性なのにおばさんは嬉しくなって頑張れてしまう。

ところがこれが若い男の子だと、「もっと頑張ろう」とはあまり思わない。一見すると逆のような気もするのに、お手本を見ながら動くなら、私は女性のほうがいい。

これにも理由があった。同性のお手本のほうが真似しやすいことは、古い実験ではっきり示されている。

なぜかというと、自分と似た人ができているのを見ると「自分にもできそう」と思えるからなのだそうだ。似ていない人がやっているのを見ても、すごいとは思うけれど「自分にもできそう」にはつながりにくい。

憧れと「できそう」は別のもので、人を動かすのは後者のほうなのだと思う。SAKIさんとは年齢も体形もまるで違う。それでも効くのは、同性であることと「運動が苦手な方へ」という語りかけが、「これは自分向けだ」という感じを作っているからなのだろう。

戻る日は小さくしていい

研究が言っていることで、もうひとつ思い当たるものがあった。うまくいかないときは、行動の大きさを小さくする。

久しぶりに戻るとき、人は前と同じ量から始めようとする。毎日やっていたなら毎日、30分やっていたなら30分。でも休んでいるあいだに体も生活も変わっているので続かず、三日で終わる。

トイレ掃除がまさにそれだった。慣れていれば5分で済むのだけれど、工程が多い。まず壁を拭いて、床を拭いて、手を洗うところを拭いて、それから便座と便器の中を拭く。この順番を頭に浮かべた時点で、5分のことなのに億劫になってしまう。

いま思えば、戻る日にその全部をやろうとしていたのがいけなかった。壁だけ拭く日があってもよかったはずだ。

前に運動が続かない工夫を書いたとき、「ハードルを高くすると続かない」と自分で書いていた。戻る日こそ、いちばんハードルを下げていい日だったのだと思う。

休んだ自分を責めるとかえってやめる

ここがいちばん意外だった。

2007年のアダムスとリアリーという研究者の実験がある。お菓子を食べすぎた人たちのうち、片方のグループにだけ「気にしなくていい」というメッセージを伝えたところ、そのあと食べた量にはっきり差が出た。

どちらのグループかそのあと食べた量
気にしなくていいと言われた人28グラム
言われなかった人70グラム

2倍以上ちがう。自分を許したことが罪悪感の流れを止めて、やりすぎを防いだと結論づけられている。

つまり崩れを進めているのは、罪悪感のほうだった。前に書いた「どうにでもなれ効果」が働くのはここで、「休んでしまった自分はだめだ」と思うほどやめる方向に進む。

トイレ掃除のときが、まさにそうだった。トイレは毎日入るので、掃除していないことは毎日目に入る。きれいなうちは「やってない……」と罪悪感だけがわいて、その罪悪感から目をそらすために見ないようにしてしまう。そうやって日が過ぎていき、いい加減やらないといけなくなったころには、自分はだめだなぁという思いの中で掃除を始めることになる。

毎日やっていたころのすっきり感は、そこにはもう無い。ミッションをひとつ終わらせた、と思うだけだ。

罪悪感がわかなかったものもある

ここで気づいたことがある。温冷浴を真冬にやめたとき、私は罪悪感を持っていない。

理由はたぶん、甲田療法を「病気が出たらするもの」だと思っていたからだ。病気でない私は毎日しなくてもいい。そう思っていたので、やらない日があっても失敗にならなかった。

並べてみると、きれいに分かれる。

やっていたこと決め方やらない日は
温冷浴病気が出たらやる。外のお風呂に行ったらやる条件が来ていないだけ。失敗ではない
トイレ掃除・ヨガ・間食をやめる毎日。必ず全部が失敗になる

「毎日やる」と決めたものは、やらなかった日がすべて失敗になる。トイレは毎日目に入るので、その失敗が毎日見える。だから罪悪感が消えない。

そして温冷浴をやめたときは「夏前まで休む」と決めていたので、休んでいる期間そのものが予定になっていた。予定どおりに休んでいるだけなら、責めるものがない。

やめ方を決めておくことは、戻るためだけではなかった。罪悪感も防いでいた。

脳は答えが出るまで考え続ける

これと関係しそうな話を、南山さんがしていた。

曲を聞いて題名が思い出せないときのことだ。「なんだっけ、あれ、ここまで出てるのに」と必死に考えるのに出てこなくて、しばらくすると諦めて別のことを考え始める。それなのに唐突に思い出す。お風呂に入っていてまったく別のことを考えているときに、「あっ」と急に浮かぶ。まるでずっと考え続けていたかのように。

脳は疑問を与えられると、答えが出るまでずっと考えているからだという話だった。だから叶えたいことがあるなら「どうすればいいか」と具体的な疑問を自分に与え続けるほうがいい、と。

調べてみたら、これに近いものにツァイガルニク効果というものがあった。未完了のことは完了したことより記憶に残りやすいという現象で、古い実験では中断させられた作業のほうが90%多く記憶されていたと報告されている。終わっていないことのほうが、頭の中に残り続けるわけだ。

ここで自分の話とつながった。トイレ掃除のことが頭から消えなかったのは、たぶんこれだ。私の中で終わっていないので、ずっと残り続けている。

ただ、残り続けることと、戻れることは別だった。

気になってはいるのに動けない。それはおそらく、問いを開いたままにして、答えを用意していなかったからだと思う。「またやらなきゃ」とは毎日思っているのに、いつ、何から始めるのかを決めていない。だから思い出すたびに罪悪感だけが増えていく。

その意味で、南山さんの話とIf-Thenプランニングは別のことではなく、組み合わせるものなのだと思う。脳は開いた問いを持ち続けてくれるので、そこに先に答えを入れておく。温冷浴で私がやっていたのは、たぶんそれだった。

1か月から3か月で崩れるのは当たり前かもしれない

習慣のことを調べていて、もうひとつ分かったことがある。

ロンドン大学が96人で調べた研究では、ある行動が自動的にできるようになるまで中央値で66日かかっていた。ただし早い人は18日、遅い人は254日と幅がある。

そして行動の種類によっても、まるで違っていた。

やったこと自動的になるまで
朝食に水を1杯飲む約20日
朝食前に腹筋を50回12週たっても自動にならなかった人がいた

いちばん効いていたのは、その行動にどれだけ手間がかかるか、どれだけしんどいかだったという。

ヨガの30分も、工程が5つあるトイレ掃除も、負担が大きいほうになる。1か月から3か月では自動になりきらなくて当たり前だったのかもしれない。

私が崩れるのはちょうどそのあたりで、「もう習慣になったはず」と思っているのに、まだ習慣になっていない時期にあたる。いちばん折れやすいところで折れていたことになる。

三日坊主ではないのに続かないという感覚は、たぶん気のせいではない。

これから決めておこうと思っていること

温冷浴で勝手にできていたことを、ほかにも当てはめてみようと思う。やめるときに、戻る日もいっしょに決めておく。難しいことは何もない。

  • もし忙しくてヨガを休んだら、戻る日は10分の動画を1本だけにする
  • もし体調を崩してトイレ掃除を休んだら、戻る日は壁だけ拭く
  • もし間食をやめるのに失敗したら、その日のうちに次の食事から戻す

大事なのはやめるその場で決めておくことだと思う。あとから思い出して決めようとしても、そのときにはもう「どうにでもなれ」が始まっている。

そしてもうひとつ。「毎日」と決めないほうがいいものもある。温冷浴が30年続いたのは、毎日と決めなかったからだ。

休んだ日のことは気にしなくていい。気にするとしたら、戻る日のことだけでいい。

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