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温泉とからだの記録|温泉との付き合い方

からだと暮らし

そして私が選んだやり方

温泉と暮らしを無理なく続けるという選択

玉造温泉のおかげで体調は少し持ち直していました。

だからあの冷えが戻ってこないように家ではしっかりお風呂に浸かり、厚着をして、日によってはカイロを貼って過ごしていました。

行ける時には日帰り温泉に行くようになり、週に1回行ければ行く感じで月に3~5回くらい通うようになっていました。
長期の湯治は出来ないけれどできる形で続ける。

それが私にできる選択だったのだと思います。

変化はあった でも不調が消えたわけではなかった

正直に言うと温泉に通い始めてすぐにすべての不調が消えたわけではありません。

冷えは少し楽になる。

でもまた戻る日もある。

動悸も不眠も「今日はマシだな」と思う日が増えただけで無くなったわけではありませんでした。

それでも少しは楽になる。

それが続ける理由としては十分でした。

治すより「行きたい」が先にあった

もう一つ通い続けた理由があります。

それは温泉を探すのが楽しかったこと。

日帰り温泉は調べてみると色々ありました。

銭湯のような小さなところもあればスーパー銭湯のように設備が整った施設のところもありました。

数百円で入れる地元の人しか知らないような小さな銭湯のような温泉。

公民館の中に源泉かけ流しの温泉があったり。

住宅街の真ん中に「え?ここ?」と思うような建物なのに中に入ると面白い造りになっているところ。

人工温泉のところもあったり、温泉と書いてあっても普通のお風呂のところもありました。

「次はどんなお風呂だろう」

そんな気持ちで出かける時間はいつの間にか私の楽しみになっていました。

元気なおばあさんたちに出会う

色々な温泉に行くと必ず常連のおばあさんたちがいます。

会話を聞いていると「ずっとここに通っているんだな」とわかる。

とにかく元気。

肌がきれいで、声もはっきりしていてよく笑う。


三重県のある温泉では体を洗っている後ろ姿をみて「60歳くらいかな」と思っていたら、振り向いたお顔をみて、もっと人生を重ねていらっしゃる方だと気づき驚いたこともあります。

それくらい肌がきれいだったんです。

冷たい水に浸かるおばあさんたち

滋賀県のある温泉には体温より冷たい冷泉があります。

そこにおばあさんたちは本当に長く浸かってらっしゃる。

私が「限界。寒い」ともぞもぞしていると

「初めて?ここはね、首までしっかりと浸かった方が寒くないのよ」

「この冷泉は本当に体にいいからね」

そうやって自然に入り方を教えてもらうことも沢山あります。


おばあさんたちの会話を目を閉じて聞いている時間も、私にとっては心地いいものでした。

温泉の中で聞いた人生の話

「神戸の温泉では阪神大震災の時の話を聞いたこともあります。
寒さと汚れでどうしようもなかった時、このお風呂を無料で使わせてもらった時のありがたさは一生忘れられない」
そんな話を感謝いっぱいに話される姿に引き込まれて聞き入ってしまいました。

阪神大震災は私も体験していて、妊娠中に一人で味わいとても怖い思いをしています。

話を聞きながら当時の事を思い出し、震源地だったこの方たちに頭がさがる思いがしました。


「夫には苦労させられた。でももう今は仏様。先にいってくれたから私は自由でそれも感謝よ」

「終わりよければ全てよしってホントね」

「こうやってお風呂に入れてることが幸せな証拠よホント」

重たいはずの話もさらりと明るく前向きに。


一方で、自分の話や自慢話ばかりする人がくると、それまで輪になっていたおばあさんたちが自然と散っていくこともありました。

「じゃ、私は水のほうへ」

「私はサウナにちょっとだけ行ってこようかな」

そんな風に。

年齢を重ねても人の話を聞かずに自分の話ばかりする人はいて、やっぱりそれは嫌われるのだなぁとそんな事も温泉で気がつきました。

お湯に浸かりながら少しずつ知っていったこと

そんな風に通い続けているうちに

「お湯って温まるだけじゃないんだ」ということも知っていきました。

水圧がかかる深いお風呂。

昔の入りにくい深いお風呂も体にはよかったこと。

体にかかる圧もちゃんと意味がある。

最初はただ温まりたくて行っていただけだったけど、通い続けるうちに少しずつお湯と身体の関係に目が向くようになっていきました。

温泉に通いながら、私はさらに「水圧」について知ることになります。

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