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温泉のぬるぬるの正体|自分の皮脂だった。ぬるぬるする湯ほど上がったあと乾く

湯船の中で両手をこすり合わせている水彩画。指の間から湯が糸を引いて落ちている からだと暮らし

夫が一時期、ある温泉にはまっていた。

「温泉に行こうか」と声をかけると、返ってくる答えはいつも同じだった。大阪・高槻の祥風苑だ。

あそこのお湯は、入った瞬間から肌がぬるっとする。ローションの中にいるみたいな感触で、ここまではっきりぬるぬるするお湯はなかなかない。夫は上がってくるたびに自分の腕をさすって「ぬるぬるしてると効いてる気がする」と言っていた。

あのぬるぬるが何なのか、ずっとぼんやりとしか分かっていなかった。この夏から秋にかけて4つの温泉に入って、やっと形が見えてきた。

そして予想していなかった結論にたどり着いた。

アルカリ性なのにぬるつかない湯があった

きっかけは岐阜のしみずの湯だ。

ここはpH9.7のアルカリ性。数字だけ見れば、かなりのアルカリ性の湯になる。「アルカリ性=美肌の湯=ぬるぬる」と覚えていたので、当然ぬるつくものだと思っていた。

ぬるつかなかった。柔らかいお湯だとは思ったけれど、ヌルッとする感じはほとんどない。

その翌日、富山のビジネスホテルの天然温泉に入った。こちらは中性だ。アルカリ性ではない。

こっちのほうが、ぬるっとした。

数字が逆だった。

ぬるぬるの正体はお湯ではなかった

調べてみて、いちばん驚いたのがこれだ。

あのぬるぬるは、お湯のぬるぬるではない。自分の肌から出たものだ。

石けんは、油とアルカリから作る。これは昔からそうで、灰汁(あく)と油脂を混ぜて作っていた。

アルカリの湯に入ると、肌の表面の皮脂がアルカリと反応して、石けんのようなものに変わる。

つまり、お風呂の中で、自分の皮脂から石けんができている。

手にとってぬるっとするあれは、お湯ではなく、さっきまで自分の肌にあったものだった。

そして重曹も同じことをする。重曹は水に溶けると弱いアルカリになるので、皮脂を溶かす。祥風苑が「重曹泉」と呼ばれるのはそのためだ。

アルカリ性の湯と重曹泉は、別の道ではなかった。同じことを違う形でやっている。

肌は弱い酸性だった

では、なぜpH9.7のしみずの湯はぬるつかなかったのか。

ここが分かって、すっきりした。

肌の表面は、もともと弱い酸性だ。そこにアルカリの湯が触れると、アルカリはすぐに打ち消される。

打ち消されても、次を補えるだけの量があれば、ぬるぬるは続く。無ければ、そこで止まる。

pHは「いまどれだけアルカリか」を表しているだけで、「どれだけ溶かし続けられるか」は表していない。

補う役をするのが、炭酸水素イオン。つまり重曹の成分だ。

しみずの湯の足湯温泉分析表。木の板に彫られたアルカリ性単純温泉の成分表
しみずの湯の足湯の分析表。木の板に彫ってある

しみずの湯の炭酸水素イオンは51ミリグラム(足湯の分析表のほうは61.1ミリグラム。測った時期が違うのだと思う)。富山の湯は4,092ミリグラム。80倍違った。

庄川清流温泉の温泉成分・禁忌症適応症の掲示表。成分総計16148ミリグラムと書かれている
富山の旅人の湯。炭酸水素イオン4,092mg

アルカリ性でも薄ければ、肌に触れた途端に力が尽きる。中性でも重曹がたっぷりあれば、溶かし続けられる。

量だけでは決まらなかった

ここで引っかかることが出てきた。

祥風苑の炭酸水素イオンは589ミリグラムしかない。富山の湯の7分の1だ。

それなのに、ぬるぬるは祥風苑のほうが圧倒的に強い。ローションの中にいるみたいな、あの感触だ。

祥風苑の温泉分析書。ナトリウム炭酸水素塩温泉、泉温33.6度、pH9.0
祥風苑の分析書。炭酸水素イオン589.4mg

答えは、打ち消す側の成分にあった。

塩化物イオン。つまり塩だ。塩は肌に膜を作って、熱を逃がしにくくする側の成分になる。溶かす方向とは逆に働く。

  • 祥風苑…塩化物がほとんどない。純粋な重曹泉。溶かす側だけ
  • 富山の湯…炭酸水素4,092ミリグラムに対して、塩化物が4,817ミリグラム。ほぼ同量

溶かす成分と、膜を作る成分が、同じだけ入っている。だから打ち消し合って、ぬるっとはするけれど、ローションほどにはならない。

泉質の名前に両方が並んでいるのは、そういうことだった。

4つの湯を並べてみる

温泉pH炭酸水素イオン塩化物イオン入っているとき
しみずの湯(岐阜)9.7 アルカリ性51mg0.8mgぬるつかない
鈴鹿さつき温泉(三重)弱アルカリ性1,000mg未満(単純温泉)薄いさらり
祥風苑(大阪)9.1 アルカリ性589mgほぼなしローションみたい
旅人の湯(富山)中性4,092mg4,817mg少しぬるっと

pHの順番と、ぬるぬるの順番は一致しない。

「溶かす成分がどれだけあるか」と「膜を作る成分がどれだけ打ち消すか」。この2つで決まっていた。

※鈴鹿さつき温泉は、公式サイトに「弱アルカリ性単純温泉」「源泉49.3度」「100%かけ流し」とあるだけで、pHや成分の数字は出ていない。ただ単純温泉というのは溶存物質が1,000ミリグラムに満たないという意味なので、薄い湯であることは泉質の名前から分かる。細かい数字は、次に行ったときに現地の分析書を読んでくる。

ここからが思っていなかったほうの話

9月に祥風苑へもう一度行って、3時間入った。

上がったら、肌の乾燥がかなり気になった。化粧水を忘れていて、塗るものが何もない。売店に温泉の化粧水が並んでいるのは見たけれど、「どこの温泉でも大丈夫だったし」と思って素通りした。

家に着くころには、肌が乾いてかゆみが出ていた。すぐに化粧水を手足と首と顔にしっかり塗った。

考えてみれば当たり前だった。

この湯がぬるぬるするのは、皮脂が溶けているからだ。溶けたぶんは、流れていく。

ぬるぬるする湯ほど、上がったあとは乾きやすい。

正反対の湯があった

ここで、もう一軒が効いてくる。

鈴鹿さつき温泉だ。ここは常連のおばあさんたちの肌がきれいで驚いた温泉で、「美肌の湯」と呼ばれている。

前に書いた体感がこれだった。

入っているあいだはさらりとしていてぬるっと感はあまりないのだけど、上がってから肌がしっとりしてくるお湯だ

入っている間はさらり。上がってしっとり。

祥風苑とは正反対だ。

そして理屈が通る。鈴鹿さつきは単純温泉で、成分が薄い。皮脂をあまり溶かさない。だから肌に残る。

祥風苑は皮脂をごっそり溶かす。だから、なくなる。

「美肌の湯」はひとつではなかった

どちらも「美肌の湯」と呼ばれている。でも、やっていることが違う。

  • 溶かす湯…古い角質や皮脂を落とす。つるんとする。ただし、上がったあとは乾く
  • 残す湯…あまり持っていかない。入っている間は地味だけれど、上がったあとがしっとりする

どちらがいいという話ではないと思う。その日の肌と、そのあとの手当てで決まる。

ただ、これだけは言える。

ぬるぬるがすごい湯に入った日は、上がったあとに塗るものを1本持っていったほうがいい。私はそれで失敗した。

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見分け方

掲示や分析書を見るとき、私はこの3つを見るようになった。

  1. pH…8.5より上ならアルカリ性。ただしこれだけでは決まらない
  2. 炭酸水素イオン…これが多いほど、溶かし続ける力がある
  3. 塩化物イオン…これが同じくらい多ければ、打ち消される

数字は浴室の入口や脱衣所の掲示に書いてある。そして入ったあとの自分の肌が、いちばん正直な答えになる。

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