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冷たい水は息を吐きながら浴びる|止めると血圧が上がると知って変えた

浴室の床に敷いた滑り止めマットの上に裸足で立ち、シャワーの水を浴びている足元の水彩画 からだと暮らし

朝の水シャワーを始めて、1年がたった。南山紘輝さんの話を聞いた翌日から始めたので、2025年の9月からになる。

とはいえ、冬を越したのはまだ一度きりだ。慣れたとはとても言えない。寒い日は、浴室に立った時点で体に緊張が走る。

浴びる勇気を出そうとすると、無意識にその場駆け足になる。もしこの瞬間に家族が浴室のドアを開けたら、びっくりしたあとで笑うだろうなと頭に浮かぶ。それでも浴びる直前には、どうしてもその場駆け足になってしまう。

そして「1・2・3!」と自分で掛け声をかけて、息を止めて水をかぶる。

しばらくすると「つめたー」と声が出て、そこでやっと息が戻る。つまり水を浴びてから声が出るまで、ずっと息をつめていたことになる。

息をつめている間は頭に圧を感じていた

毎回ではないけれど、息を止めて浴びていると頭の血管に負担がかかっているような、圧のような感じがあった。

ストレッチをするときに息を止めたままやると、顔に血が上るような感じがある。あれと同じで、いきんでいるような状態が水を浴びる瞬間にも起きていた。

ただ、そのときは気のせいかもしれないと思っていた。冷たいのだからそういうものだろうと思って、1年近く気にしないまま続けていた。

水風呂では「はぁー」と声が出ている

そのうちに、水風呂との違いが気になってきた。

温泉の水風呂に入るときは、息を止めていない。肩まで浸かった瞬間に、無意識に「はぁー!」と出る。気持ちよさに押し出されるような声だ。

声が出るということは、息を吐いているということになる。

同じ冷たい水なのに、水風呂では吐いていて、冬の朝のシャワーでは止めていた。

息を止めると血圧が上がると知った

どこで聞いたのか思い出せないのだけれど、息をつめると血管に負担がかかるという話を耳にしたので、気になって調べてみたら本当だった。

息を止めて強く踏ん張る動作を「バルサルバ」という。息をこらえると胸の中の圧が上がって、心臓に戻ってくる血が減る。その反動で血圧が上がる。

トイレで強くいきんではいけないと言われるのは、これのことだ。便秘で強くいきむと、一瞬だけれど上の血圧が280くらいまで上がるともいわれている。日本高血圧学会のガイドラインにも、便秘のいきみは血圧を上げると書かれているほどだ。

そして冷たい水を浴びても、血圧は上がる。息を止めて冷水を浴びると、血圧を上げるものがふたつ重なることになる。あの圧のような感じは、気のせいではなかったのかもしれない。

ヒートショックとは別の話だった

ここで私が混同していたことを書いておきたい。

いきみで血圧が上がるのと、ヒートショックは別のものだった。

ヒートショックは「温度差で血圧が急に変わること」をいう。暖かい部屋から寒い脱衣所へ、そこから熱い湯へ。その上下で体に負担がかかる。

いきみのほうは、温度と関係なく息をこらえるだけで起きる。

ただし冬の寒いトイレでは、この二つが重なる。だから一緒に語られることが多い。私も区別がついていなかった。

顔をつけて息を止めた実験の数字

もう少し調べたら、研究があった。

冷たい水に入ったとき、普通に呼吸していた人で不整脈が出たのは2%。顔を水につけて息を止めた人では82%だったという。

なぜ顔なのかが分からなかったので、そこも調べた。顔が冷たい水に触れると、体が「水に潜った」と判断する。酸素を節約しようとして、顔の冷たさを感じる神経から延髄を通り、迷走神経という副交感神経が働いて心拍が下がる。

つまり冷たさで交感神経が働くのと同時に、顔から副交感神経が働く。正反対の命令が同時に出て、心臓がどちらに従えばいいか分からなくなる。

息を止めると、この働きがもっと強くなる。顔の冷たさだけでも起きるけれど、そこに息を止めることが重なると、副交感神経のほうがいっそう強く働いてしまう。

ただしこの82%は顔を水につけて息を止めた場合のもので、立ってシャワーを浴びるのとは条件が違う。そのまま当てはめることはできない。

吐きながら浴びると体の力が抜ける

息を吐くことを意識して浴びるようになったのは、実はつい最近だ。1か月ほど前からでしかない。

変えてみて、すぐに分かったことがある。

ストレッチをするときに息を吐きながらやると体がゆるむ。あれと同じだった。息を吐くと体が緊張しすぎない。力が抜けやすくなる。

そして吐くことを意識すると息が自然に深くなるので、深呼吸をしているときのように心のほうの緊張もとれやすい。

吐きながら浴びると「冷たいと思ったけど、こんなもんやね」と落ち着いてくる。身構えていたほど冷たくない。

今の浴び方

いまはこうしている。

  1. 両足に水をかける
  2. 両手に水をかける
  3. 深呼吸をする
  4. 息を吐くタイミングで水をかぶる

いきなり頭から行かない。足と手から始めるのは前から書いているとおりだけれど、そこに吐く息を合わせるのが加わった。

掛け声は、いまでもときどき出る。寒い日はその場駆け足もする。やり方が変わっても、寒いものは寒い。

水風呂と朝の水シャワーは目的が違う

水風呂と朝の水シャワーを、同じものとして考えていない。

水風呂は、先にしっかりお湯で体を温めてから入る。だから冷たさが気持ちよさに変わる。芯から温まっていれば水風呂は気持ちよく感じられると前に書いたとおりで、「はぁー」と声が出るのはそこに気持ちよさがあるからだ。

朝の水シャワーは違う。運動で体を少し温めているだけなので、冷たさの感じ方がまるで違う。癒しを求めてやっているのではない。

朝の水シャワーは、交感神経のスイッチを入れるためのものだ。あえて体にストレスをかけて、一日のはじめに体を起こす。冷たい水は体に悪いという思い込みがひっくり返ったときに知った、オンとオフの話がそこにつながっている。

浴びる瞬間は、たしかに気持ちよくない。でも浴びたあとは違う。かけたストレスを自分で消すことにもつながるので、すっきりする。寒い冬ほどストレスが強いぶん、終わったあとは気分がぐっと上がって、やる気に満ちる。

目的が違っても息の話だけは同じ

目的が違っても、息を止めると血圧が上がることは変わらない。

だから朝のシャワーでも、我慢の仕方だけを変えた。こらえるのをやめて、吐くようにした。ストレスをかけるのが目的でも、血管に余計な負担までかける必要はない。

逆に、こうも言える。水風呂で息が止まるときは、まだ温まりが足りていない。

気持ちよく入れるときは自然に吐けている。息が止まるのは、気持ちよくないからだ。水風呂に入る前にしっかり温まるのは前から書いてきたけれど、息を止めずに入れる状態にしておくという意味もあったのだと思う。芯が温まらない日は入り方のほうを変えるようにしているのも、たぶん同じ理由だ。

朝のシャワーは、気持ちよくないところから始めるものなので、この目安は当てはまらない。そこは分けて考えている。

私が気をつけていること

足元のことがいちばん心配だ。冬の朝は体がこわばっているうえに、その場駆け足までする。裸足で濡れた床を蹴っているわけで、考えてみるとけっこう危ない。

転ぶのが怖いので、下に滑りにくいものを敷いている。冷たさで体を悪くするより、浴室で転ぶほうがよほど怖い。

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それと、体調の悪い日はやらない。体に負担をかけてまでやることではない。

やれない日ほどやりたくなる

ここは自分でも面白いと思っているところだ。

風邪をひいたりしてやれない時ほど、やりたくなる。そして風邪が治ってやれるようになると、急にやる気が失せたりする。

調べてみたら、前半には名前があった。心理的リアクタンスという。日本では「カリギュラ効果」とも呼ばれている。禁止されたり止められたりすると、その自由を取り戻したくなって、かえってやりたくなる。ただしこれは本来、人に禁止された場合の話だ。風邪でできないのが同じかどうかまでは言い切れない。

やる気が失せるほうには、もっとぴったりの名前があった。「どうにでもなれ効果」という。トロント大学の研究者が名づけたもので、計画がわずかに崩れると自己制御が効かなくなって、そこから崩れが進んでいく。

実感としては、しばらくやれない状況になったあとが、いちばん言い訳をするときだ。だからそこで、やる理由を自分で見つけ直さないといけない。

ひとつ、心強いことも分かった。ロンドン大学の研究では、1日や2日休んでも習慣そのものはほとんど崩れないのだそうだ。

つまり休むこと自体は、たいした問題ではない。問題になるのは、休んだことをきっかけに「もういいや」とやめてしまうほうだ。さっきの「どうにでもなれ効果」が働くのは、まさにそこだと思う。

休んだ日のことは気にしなくていい。気にするとしたら、戻る日のことだけでいい。

合わない人もいる

ここまで続ける前提で書いてきたけれど、最後にひとつだけ書いておきたい。

水シャワーも水風呂も、誰にでも向くものではない。高血圧の人や心臓に不安のある人は、特に気をつけてほしい。不安があるなら、先にかかりつけの先生に聞いてからにしてほしいと思う。

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