脱衣所の壁に「単純温泉」と書いてあると、正直、少しがっかりしていた。
なんだか効能が少なそうな名前だと思っていたのだ。塩化物泉とか、炭酸水素塩泉とか、そういう名前のほうが「効きそう」に見える。
でもその思い込みは、2泊3日でお風呂に16回入ったときに、ひっくり返った。
「単純」は、成分が薄いという意味ではなかった
まず、決まりを調べてみた。単純温泉というのは、こういうお湯のことだった。
- お湯1kgの中の溶存物質が1,000mg未満
- 湧き出たときの温度が25℃以上
そして「単純」の意味が、私の思っていたのと違った。
塩化物泉は、塩が主役のお湯。硫黄泉は、硫黄が主役のお湯。どれか一つの成分が、名前をつけられるほど多いから、その名前になる。
単純温泉は、その主役がいないだけだった。
成分が無いのではなく、一つの名前で呼べないだけ。そう言い換えたら、見え方がまるで変わった。
日本でいちばん多い泉質
もうひとつ知って納得したことがある。単純温泉は、日本でいちばん数の多い泉質だそうだ。全体の4分の1を占めるという。
よく見かけるはずだ。そしてよく見かけるから、ありがたみを感じにくかったのだと思う。
一回では分からない。繰り返すと分かる
伊豆のコテージに2泊して、部屋のお風呂に16回入った。そこのお湯が単純温泉だった。
▷ そのときの話 → 2泊3日でお風呂に16回|部屋に温泉がある宿で、はじめての湯治
入ってすぐは、なんの特徴もないお湯だと思った。色もない。匂いもない。
ところが3回目くらいから、肌のしっとり感が出てきた。お湯に浸かって、水シャワーを浴びて、もう一度浸かる。顔を手で触ると、乳液をつけた後のように手が吸い付く。
主役がいないから、一回では手応えがない。でも繰り返すと効いてくる。そういう泉質だったのだ。
数字を見ると、ちゃんと特徴がある
壁の分析書を読んだら、理由が書いてあった。

- pH 8.8
- メタけい酸 49.9mg
pH8.5以上の単純温泉は「アルカリ性単純温泉」と呼ばれる。アルカリ性は、古い角質と余分な皮脂をゆるく落とす。だからつるつるになる。
そしてメタけい酸は、肌に水分を与える成分だ。だからしっとりする。
この2つが重なっていた。角質は少しずつしか落ちないから、繰り返すほど効いてくる。数回目に気づいたのは、そういうことだった。
「単純温泉」の4文字だけでは分からない。でも分析書の数字を見れば分かる。
▷ お湯の「扱い」を見る話はこちら → 源泉かけ流しの見分け方|19か所を自分で調べて分かったこと
掲示の適応症を読んで、驚いた
もうひとつ、思いがけないものを見つけた。京都の仁左衛門の湯の分析書だ。ここには源泉が2つあって、片方(壱の湯)が単純温泉になっている。

その泉質別適応症の欄に、こう書いてあった。
自律神経不安定症、不眠症、うつ状態
自律神経、不眠、気持ちの落ち込み。
更年期に入ってから、私がずっと付き合ってきたものばかりだった。伊豆のほうの分析書には、適応症に「冷え症」も入っていた。
効能が少なそう、どころではなかった。
▷ 仁左衛門の湯のこと → 京都・仁左衛門の湯|冷泉があるのが嬉しい。泉質と、あの香りの正体
※温泉の効き方には個人差があります。ここに書いているのは、掲示に書かれていたことと、私がそう感じたという話です。
私が入ってきた、単純温泉
| 温泉 | 泉質 | 源泉温度 |
|---|---|---|
| 伊豆・河津七滝 | アルカリ性単純温泉(pH8.8) | 54.3℃ |
| 三重・鈴鹿さつき温泉 | 単純温泉(弱アルカリ性・高温泉) | 49.3℃ |
| 三重・アクアイグニス片岡温泉 | アルカリ性単純温泉 | 湯口で約42℃ |
| 京都・仁左衛門の湯(壱の湯) | 単純温泉(弱アルカリ性・低温泉) | 26.2℃ |
違いは、どこに出るのか
「単純温泉」と書いてあっても、中身は同じではない。では、どこを見れば違いが分かるのか。
私は3つだと思っている。
- pH(ペーハー)……8.5以上なら「アルカリ性単純温泉」。つるつるする
- メタけい酸の量……多いほどしっとりする
- 源泉の温度……そのまま入れるのか、冷ますのか、温めるのか
この3つは、全部壁の分析書に書いてある。「単純温泉」という4文字の下を見ればいい。
ただ正直に書くと、私がこの3つを全部確かめられているのは、まだ河津七滝だけだ。ほかの3か所は、泉質と温度までしか分かっていない。次に行ったときに、掲示を撮ってくる。
数値が書いてある紙と、書いていない紙がある
ここで、ひとつ気をつけることがある。
壁に貼ってあるものには、2種類ある。
- 温泉分析書……pHや成分の数値が載っている
- 温泉分析書 別表(浴用)……泉質名・禁忌症・適応症・入浴の注意。数値は載っていない
pHやメタけい酸を知りたいなら、「分析書」のほうを探すことになる。
ただし別表だけしか貼っていない施設も多い。
仁左衛門の湯がそうだった。ここには源泉が2つあるのに、数値の載った分析書が貼ってあったのは2号泉だけ。そして2号泉は単純温泉ではない。

肝心の単純温泉のほう(壱の湯)は、別表しか貼っていなかった。だから泉質名と適応症は分かるけれど、pHもメタけい酸も分からない。
探しても見つからないことがある。それは自分の見落としとは限らない。
私が入った4か所は、こう違った
分かっている範囲で、並べてみる。
鈴鹿さつき温泉(三重・49.3℃)
はっきりツルツルする。「美肌の湯」と呼ばれていて、常連のおばあさんたちの肌がきれいで驚いた。地下1,400メートルから湧いている。
▷ 鈴鹿さつき温泉|常連のおばあさんたちの肌がきれいな、かけ流しの美肌の湯
アクアイグニス片岡温泉(三重・湯口で約42℃)
やわらかくて、いつまでも入っていられる。ここは加水も加温も循環も消毒もしていない。シャワーのお湯まで温泉だった。
▷ アクアイグニス片岡温泉|冬の朝、空が変わっていく時間に心が溶けた
仁左衛門の湯・壱の湯(京都・26.2℃)
冷たい単純温泉。さらりとしていて、肌に優しい。ここは温めずに、冷たいまま入る。
▷ 京都・仁左衛門の湯|冷泉があるのが嬉しい。泉質と、あの香りの正体
河津七滝(伊豆・54.3℃・pH8.8)
一回入っただけでは、何も感じない。繰り返すと、肌がしっとりしてくる。
▷ 2泊3日でお風呂に16回|部屋に温泉がある宿で、はじめての湯治
こうして並べると、はっきりする。温度は26.2℃から54.3℃まで。そして冷たいまま入るところもあれば、熱すぎて冷ましているところもある。
「単純温泉」という同じ4文字でも、中身は別物だった。
これは、かけ流しを調べたときに分かったことと同じだった。ひと言でまとめられた名前の下に、全然ちがうものが並んでいる。
▷ 源泉かけ流しの見分け方|19か所を自分で調べて分かったこと
なめると、鉱水の味がする
もうひとつ、掲示を見なくても分かることがある。味だ。
河津七滝でお湯が手についたとき、少し口に触れた。しょっぱくない。苦くもない。かすかにミネラルの味がするだけ。
そのとき思い出したのが、旅の途中でコンビニで買っていた水だった。ラベルに「鉱水」と書いてある水だ。味が似ていると思った。
鉱水というのは、地下水のうち、鉱物のミネラルが溶け込んだもののこと。温泉も、同じ「ミネラルが溶け込んだ地下水」だ。出てくるときに熱いか冷たいかの違いでしかない。
濃いお湯は、味ではっきり分かる。塩化物泉はしょっぱいし、鉄が入っていれば鉄の味がする。
単純温泉は、ミネラルウォーターに近い。成分が薄いというのは、そういうことだった。
⚠️ 飲泉の許可がある温泉以外は、飲まないでください。私も口に含んだわけではなく、手についたお湯が少し口に触れた程度です。
刺激が少ないのが、いちばんの強み
単純温泉は、癖がなくて肌への刺激が少ないのが特徴だとされている。
最初は、それを「弱い」ということだと思っていた。でも今は違うように思う。
刺激が少ないから、何度でも入れる。長く入れる。毎日入れる。
濃いお湯は、たしかに手応えがある。湯の華廊のような塩と鉄の濃いお湯は大好きで、体調のいい日は何度でも入る。
ただ体調がよくない日は、濃いお湯に何度も入るとしんどくなる。だからそういう日は回数を控える。
その点、単純温泉は刺激が少ないので、体調のいい日も、そうでない日も、同じように入れる。
単純温泉は、湯治といちばん相性のいい泉質なのかもしれない。
主役がいないから、一回では分からない。でも繰り返せる。繰り返せるから、効いてくる。
名前で損をしている
結局のところ、「単純」という言葉がよくないのだと思う。
実際は「単純」ではなくて、ひとつの名前で呼べないほど、いろんな顔があるということだった。
これからは「単純温泉」と書いてあったら、がっかりしない。その下にある pH と、メタけい酸の数字を探す。
そして一回で決めない。何度か入ってみる。
たぶんそのほうが、このお湯とは仲良くなれる。

