もう10年ほど前になる。息子が大学を卒業する年の話だ。
うちの息子は、マザコンの「マ」もないような子で、就職は他府県に出たいとずっと言っていた。就職で家を出たら、息子ともう一緒に暮らすことはないんだろうな。そう思っていた。
私は子どもにべったりなタイプではないけれど、それでもやっぱり寂しくて。その気持ちに区切りをつけて、ちゃんと子離れをしようと思って、息子に言ってみた。
「これで子離れするから、一緒に旅行に行こう。二人で行きたい」
そうして、最後の二人旅がかなった。行き先は、前から行ってみたかった長崎に決めた。
映画「解夏」を見て、長崎に行きたかった
実はこの旅の前から、長崎には行ってみたかった。大沢たかおさんの映画「解夏(げげ)」を見て、すっかり憧れていたのだ。映画に出てくる雰囲気のいい坂道がとても素敵で、「坂の町」と呼ばれる風景を、いつか自分の目で見てみたいと思っていた。
時間は二泊しか取れなかったけれど、二人とも初めての土地。出発前から、わくわくしていた。
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息子は歩くのが好きで、ひとりで歩き旅に出たりする子だ。だからこの旅でも、私たちはとにかくよく歩いた。
歩いてみて思ったのは、その土地のことは歩くと本当によくわかるということ。細かいところまで目に入って、いろんなことに気づける。だからこの旅は、息子と行ったというだけじゃなく、自分の足でじっくり見て回れたぶん、すごく記憶に残る楽しい旅になった。
とにかく坂、坂、坂!
着いてすぐ、山の上のほうまで住宅街があることに驚いた。駅から「あのお宅にはどうやって行くんだろう?」なんて思いながら、まずはオランダ坂へ向かった。
ふだん暮らしている町では、レンガ造りの建物って大学くらい。でも長崎にはレンガ造りの建物が多くて、それが町に素敵な雰囲気を作っている。坂の途中に、ふいに可愛い小道が現れたりもする。坂の洗礼を受けながら、見慣れない風景を楽しんだ。
「すごい坂ーー!」と言いながら上ると、あっという間にずいぶん高いところまで来ている。振り向くと、思わず声が出るほどの景色が広がっていた。
長崎は「坂の街」と言われるだけあって、住宅街にもたくさんの坂があった。「本当にここに住めるの?」と驚いてしまうほど。ところどころに階段があるので、自転車も無理(そもそもずっと坂なので、電動でやっとだと思う)。車は道幅が狭くて無理、バイクも階段があって無理。「買い物袋を提げて、この坂を上るの?」と、心底びっくりした。
亀山社中やグラバー園に行く途中も、驚きの連続だった。グラバー園へ向かう道では、赤ちゃんを抱っこ紐で抱いて、食材を手に持った若いお母さんが坂を歩いていて、すごく感心してしまった。この坂を、赤ちゃんと重い荷物を持って上がるなんて。日常でこの坂を使うって、すごいことだと思う。
そういえば前にテレビで、「長崎の人はよく歩くから健康な人が多い」というような話を見た記憶がある。毎日この坂を上り下りしていたら、たしかに足腰は鍛えられるよなあと、妙に納得した。
息子は、興味のあるものがあると、フラーっと道をそれて見に行って、フラーっと帰ってくる。……この行動、まさに私とそっくりで、「あ、親子だな」と笑えた。(夫はいつも、横道にそれる私を、黙って待っているタイプだ。)
ちんちん電車にも乗ってみた
長崎駅のあたりは、たくさんのちんちん電車(路面電車)が走っている。駅の間隔が短いぶん、料金は当時120円。今回は息子と一緒だったので、徒歩30分くらいの距離は歩いて移動した。だからちんちん電車は、興味本位で一回だけ。あとはひたすら歩いた(笑)。
歩くことに抵抗のない息子なので、私も歩く気マンマンの格好で出かけていた。歩くと町がよくわかって、楽しい。
歩いていて気づいたのが、カフェとパン屋さんが少ないこと。朝から開いているカフェはチェーン店が多くて、個人のお店はお昼や夜から開くところが多い。朝9時に開いているカフェは結局見つけられなくて、断念した。
夜に開いている「喫茶平井」という喫茶店が気になった。結局、夜はお酒を飲んでしまっていてコーヒーは飲めなかったけれど、雰囲気が良くて、入ってみたかったなあ。
軍艦島は、想像以上だった
息子と歩いていると、「軍艦島ツアー」というのが目に入った。私はそれまで軍艦島というものを知らなかったので、「行ってみよう」と、ふらっと参加することにした。
島に上陸してみると、もうすっかり廃墟になっていた。かつてここに、それだけたくさんの人が住んでいたなんて、とても想像ができなかった。
ここを訪れてから、テレビで軍艦島のことをよく目にするようになって、少しずつ知っていった。炭鉱の島だったこと。たくさんの人の暮らしがあったこと。
炭鉱というと、私は夏目漱石の「坑夫(こうふ)」が好きで、何度か読んでいる。その中に出てくる南京虫の話が、ずっと忘れられない。私の中で「南京虫といえば炭鉱」と結びついているので、軍艦島でも、あの南京虫の話を思い出していた。
そしてつい先日、軍艦島のドラマを見た。神木隆之介くんが主役の「海に眠るダイヤモンド」。これを見て、軍艦島での暮らしが映像でよみがえってきて、すごく感慨深かった。あの島の景色や、日常の風景に釘付けになって、夢中で見入ってしまった。
あの日、自分の足で立った島。それが映像で動き出すのを見て、旅の思い出がまたよみがえってきた。
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食べものも、冒険して楽しんだ
長崎で食べたちゃんぽん。私はチェーン店のものしか食べたことがなかったので、こんなにシンプルで庶民的な味で、こんなにおいしいんだ、とびっくりした。ちゃんぽんのイメージが変わって、今でもまた食べたいと思う。
長崎では、新鮮なイワシが食べたいと思っていたので、イワシ料理のお店に行った。お刺身がおいしくて、この旅からイワシのお刺身やお寿司にはまって、見かけると食べるようになった。でも、長崎で食べたイワシが、いまだに一番おいしい。
馬料理を食べたのも、長崎が初めて。淡白で癖がなくておいしいんだ、と初めて知った。
息子は「クジラが食べたい」と言って食べていたけれど、私には脂が多くて、ちょっと苦しい味だった。小学校の頃、クジラのカレー味のフライが好きだったけれど、あれはきっと赤身の部分だったんだろうな。お刺身に出てくる部分は脂がすごくて、若者向きだと思った。
私は食に冒険したいタイプで、息子も冒険できるタイプ。だから二人で、興味のあるものをいろいろ堪能して、食もとても楽しい旅だった。
バスの中から、大きな夕日が見えた
本当は雲仙地獄に行ってみたかったけれど、時間がなかったので、海辺のほうに足をのばしてみることにした。
ここもかなり遠かったのだけれど、息子が調べてくれて、バスで向かうことになった。
そのバスの中から、大きくて綺麗な夕日が見え始めた。あんなに大きくて綺麗な夕日は、なかなか見られない。私はもう、ずっと見とれていた。
小浜温泉は、屋上から海が見えた
もう帰る日だったので、日帰り温泉をいただくことにした。たどり着いたのが、小浜温泉だった。
ここは屋上に温泉があって、お風呂の中から海が眺められる。ちょうど夕日の時間で、とても綺麗だった。
屋上には、家族風呂と、男女に分かれたお風呂がある。私たちは男女に分かれて入った。たまたま誰もいらっしゃらなくて、私はひとりで、お湯と景色を独り占めして堪能した。
記憶では、少し熱めの、さらっとしたお湯だった。あとで調べてみたら、小浜温泉は源泉105℃、温泉の放熱量は日本一という、すごい温泉地。泉質はナトリウム塩化物泉で、さらっとしているのによく温まる「熱の湯」だそう。さらっとした体感も、熱めだったのも、泉質の通りだったんだなあと納得した。
下には大浴場もあるようで、そちらにも入りたかった。素敵そうだったので、ちょっと心残り。
小浜温泉は、雲仙岳の麓、橘湾を臨む海辺に、約25軒の旅館やホテルが軒を連ねる温泉街。なんと713年の「肥前風土記」にも記されている、とても古い温泉地だそう。海岸線沿いに湯けむりが上がる景色は、まさに「温泉情緒」そのもの。源泉は町に30か所もあって、100℃のお湯が1日に15,000トンも湧き出しているらしい。あの、道のあちこちから立ち上っていた湯気は、この豊富な源泉のものだったのだ。海沿いには、日本一長い足湯「ほっとふっと105」もあるそう。
今度は、ゆっくり泊まりで来てみたい。小浜温泉の方も、すごく丁寧に案内してくださって、気持ちのいい温泉だった。
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子離れについて、思うこと
子どもは、大きくなったら親から離れていく。特に息子は、結婚したらなおさらだ。
私は、子離れできなかった夫の親のことで、少ししんどい思いをしてきた。だから、自分はしっかり子離れをしたいと思っていた。
あるお坊さんの話で、こんなことを聞いたことがある。
息子は、親と妻の意見が対立したら、絶対に妻の味方になりなさい。なぜなら、妻は他人で、壊れるかもしれない関係性。でも親は、何があっても壊れない関係性。あなたが何をしても、絶対に許せるのが親だから。だから妻の味方をしなさい。そして、あなたがはっきり立場を決めて見せれば、妻と親のトラブルは起こらない。あなたがどっちつかずだから、揉めるのです。
これを聞いて、すごく納得した。
夫の母とも、二人で会えば普通に楽しい。でも、そこに夫が入ると、母は夫に依存して、夫はそれに付き合おうとする。その負担が私に来るとしんどくて、嫌な気持ちになってしまう。だから三人では会いたくなくなってしまうのだ。
だから息子には、彼女やお嫁さんの味方になってもらっていい。結局、そのほうが息子も幸せだろうし、息子の幸せが一番だ。息子が奥さんを大事にすれば、息子も大事にされるだろう。それでいい。
だからこの最後の二人旅は、私の区切りとして、すごくいい旅になった。
このあと息子は、遠くで就職をして、年に数回帰ってくるくらいになった。でも、年に数回でも顔を見られるだけで嬉しい。こんな距離感でいけたらいいな、と思っている。
次は、坂本龍馬が大好きな夫と、二人で長崎旅行をしてみたいと思っている。
施設情報:小浜温泉(長崎県雲仙市)
泉質:ナトリウム−塩化物泉(よく温まる「熱の湯」)
特徴:源泉105℃・温泉の放熱量は日本一。橘湾に沈む夕日が美しい海辺の温泉地。約25軒の旅館が並び、町じゅうに湯けむりが上がる。日本一長い足湯「ほっとふっと105」も。
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※この記事は個人の体験をもとにしています。旅の情報は当時のもので、現在と異なる場合があります。

