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温泉とからだの記録|体が教えてくれたこと

からだと暮らし

期待せず入った温泉で気づいたのは「楽しかった」より「体が楽だった」こと

行きたくなかった温泉旅行

正直、行きたい気持ちはほとんどありませんでした。

出かける準備をするのもしんどいし、できることならただ家で寝ていたかった。

でも家族が心配して声をかけてくれたことが伝わってきて、その優しさをまえにして「行きたくない」とは言えませんでした。

行きたいというより、断れなかったという感覚が近かったと思います。

お湯に入っても寒さを感じていた頃の私

温泉に着いて「来たからには入っておこう」そんな平たい気持ちでお湯に浸かりました。

一回目入ったときは正直何も感じませんでした。

冷えをどうにかしたいという思いだけは強かったので短い時間で何度も何度も入ることにしました。


当時の私は冷えがひどい時、お湯に浸かっている最中なのに寒いと感じることがありました。

芯が温まらず自分の体のまわりから、お湯がだんだんぬるい水に変わっていくような感覚。

追い炊きをしてもその感覚は消えず結局、湯舟からあがって服を着ているときの方がお腹の寒さがマシに感じる。

そんな矛盾した不思議な感覚を私は「仕方ないもの」として受け入れていました。

お湯の中で寒い寒いとお腹の冷たさに震えていたこともあります。

その時は気づかなかった体の違和感のなさ

でも今思えばその時の温泉ではあの「お腹の冷え」を最初から感じていませんでした。

ただその時はそれに気づかなかった。

「温まった」

「効いた」

そんな風に思うこともなく、温泉に過度な期待もしていませんでした。

一晩眠って初めて気づいた変化

その日の夜。

私は枕が変わると眠れないタイプで、旅行先では元気な時でも眠れないことが多いのですが、その日は芯からぽかぽかでぐっすり眠ることができました。

そこで初めて「あれ?」と自分の体の変化に気づいたんです。

目が覚めた時、体が楽で気持ちが明るかった。

「楽しかった」より先にあったのは「体が楽だった」

普段から早起きの生活なので「チェックアウトまでにあと2回は入れる」そう思って朝ごはんの前と後、もう一度温泉に入りました。

そこまでくると気持ちがはすっかり前向きでご飯も美味しい。


楽しくなって温泉街を少し歩いてから出雲大社へ。

体力が落ちていたはずなのに、そのあと車で石見銀山へ行き、歩くことも苦なくできました。


気が付くと帰るころには体がすっかり元気になっていて、楽しいと感じる時間を過ごしていました。

体が楽でワクワクしていたのを今でも覚えています。

行った温泉は玉造温泉。

出雲大社や石見銀山に立ち寄り自然を楽しみながら帰りました。

不思議だったのは「楽しかった」よりも「体が楽だった」ことでした。


この温泉で体が楽になった理由は、その時はまだわかりませんでした。

でもこの体感をきっかけに私は「なぜこのお湯は違ったのか」を少しずつ考えるようになります。

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