温泉のことを調べているとき、京都・北白川に「不動温泉」というのを見つけた。
ネットで出てくる情報が、普通の温泉とはまるで違う雰囲気だった。古くて入りにくそうで、来る人は病気を治しに来るような真剣な人ばかり……。そんなふうに書かれているのを見かけて、妙に気になった。
でも同時に、こわい気持ちもあった。ラドン、放射線って体に悪いんじゃないの? なんで体にいいの? なんだか怖いわ、と。ラドンとラジウムがどう違うのかも、よくわからない。気になりながらも、すぐには動けなかった。
数年越しで、やっと行けた
それから数年。友達と京都の北のほうで遊ぶことになって、ランチのお店を探していた。その時ふっとあの不動温泉を思い出し、友達に話すと、「行ってみよう」ということになった。
お寺? 入っていいの? おそるおそる
場所がすごくわかりにくくて、車を停めるのもひと苦労。二人でなんとかたどり着くと、赤い鳥居が見えてきて、「お寺? 入っていいのかな?」ときょろきょろ。遠慮がちに入っていった。
中も古くて独特の雰囲気で、入ってもきょろきょろが止まらない(笑)。「すみませーん」と何度か呼ぶと、「はーい」と女性が来てくださって、「初めてですか? ちょっと説明しますね」。普通の温泉ではしないやり取りが始まった。
「今日のあなたの席はここです」
大きな部屋に、座卓がずらりと並んでいる。その一つに案内されて、こう言われた。
今日のあなたの席はここです。一日いていただけるので、お風呂に入ってから休憩したり、くつろいだり、ご飯を食べたり、全部ここでしてもらっていいですよ。お風呂も、何度入ってもらっても大丈夫。では今日は一日、ゆっくりしていってくださいね。
普通の温泉ではない案内に、二人でポカーン。思っていたのと全然違ったので、戸惑いながら「とりあえず座ろっか」と腰を下ろした。
静かで、不思議な空気
来たのは2月くらいの寒い時期。熱いお茶をいただいて、またきょろきょろ。
一人で来ている人、数人で来ている人。スポーツマンらしい人たちが、ジャージ姿で数人。いろんな方が、静かにいらっしゃった。お喋りも、ボソボソと小さな声でされている。中には、毛布にくるまって寝ている方もいた。
一人で来ている方は読書をしていたり、案内してくださった女性とお喋りしていたり。スポーツマンの方たちは、数人で来ていてもスマホを見ながら、お喋りせずに静かに過ごしていた。
毛布にくるまる人たちの意味
この毛布にくるまる姿には、覚えがあった。お風呂でしっかり温まったあと、顔以外を毛布でくるんで30分じっとしていると、深部体温が上がって免疫が上がるらしい。そんな話を、本で読んだことがあったのだ。
興味本位でやってみたら、ありえないくらい汗がダラダラ出てびっくりした。こんなに出るんだ、と本当に驚くくらいの量。そのあとお風呂で汗を流すと、すっきりする。だから今でも、風邪の引き始めの寒気が出たときなんかにやる。これで寒気や悪寒が消えてくれるので、そのあとしっかり布団で寝るようにすると、風邪まで進まずに済むことが多い。
ちなみにこれ、調べてみたらちゃんと根拠があるみたいだった。体を温めると「ヒートショックプロテイン(HSP)」というタンパク質が増えて、免疫を助けたり、傷んだ細胞を直したりしてくれるといわれている。大事なのは、入浴後に体を冷やさず、毛布などで熱をこもらせること。私が自己流でやっていたことが、ちゃんと理にかなっていたんだなあと、ちょっと嬉しくなった(効果には個人差はあると思うけれど)。
すごい汗の量なので、使った毛布は洗ってしまう。手間はかかるけれど、すっきり体調がよくなるので、それでもやることが多い。
だから不動温泉でその光景を見たとき、「ああ、みんな免疫を上げてるんだな」と思った。お風呂と毛布を繰り返すのは、ある意味、水風呂と温かいお湯を繰り返す温冷浴と同じなのかな、なんて思いながら眺めていた。
体を温めて整える、という考え方にもっと興味がわいた方には、こんな本もあります。
「体温を上げると健康になる」(齋藤真嗣):Amazon / 楽天
長い廊下の先の、小さなお風呂
しばらく席でゆっくりしてから、お風呂へ行くことに。長い廊下を歩いていくと、小さなお風呂があった。家庭のお風呂みたいな湯舟が一つ。家にあったら大きめだけれど、温泉としては小さなお風呂だ。「へぇ~」と二人で覗いてから、入らせてもらった。
たまたまこの日は誰も入っていなくて、二人占め。体を洗ってからお湯へ。さらっとした、匂いも色もないお湯だった。当時は温泉の効能なんてよくわかっていなかったので、「何に効くんだろう、ほんとに効能なんてあるのかな……」と、正直なところ半信半疑で思いながら、二人でゆっくり浸かった。
(あとで知ったのだけれど、源泉は9.5℃の冷たいお湯で、それを温めて使っているそう。循環や消毒もあるようで、源泉そのまま、というわけではない。でも、お湯があふれていたので、源泉も多めに足しているみたいだった。)
そのうち友達が「先に上がるわ」と言うので、「私はもうちょっとだけ浸かってるわ」と、私は一人、お風呂に残ってくつろいでいた。
座敷童に会った?
友達が上がって、服を着たりしている気配が、外から伝わってくる。
しばらくすると、数人の子供たちの楽しそうな笑い声が、聞こえ始めた。あんまり楽しそうなので気になって、私も上がることにした。
ところが、出てみると友達しかいない。「あれ? さっき楽しそうに笑ってた子供たちは?」と聞くと、「へ? ずっと私一人でいたよ」と、怪訝な顔をされた。
おかしいなあ、と腑に落ちなかったのだけれど、あとから「あれは座敷童だったんじゃないか」と思った。気のせいかもしれない。でも、座敷童がいるような場所って、すごく守られている気がする。ここは、病気を治しに来る人たちを守ってくれる場所なんだなあと、なんだか納得した。
お風呂から上がって、温泉水で淹れたコーヒーなどをいただいて、ゆっくりしてからお暇した。知識のないまま来てしまったので、「一日いられる」とも知らずに来てしまって、ちょっと残念。でも、今後のための、いい知識をもらえた一日だった。
あの湯気が、よかったのかもしれない
ずっとあとになって、ラドンは「湯気を吸う」のがいいと知った。ラドンは気体なので、お湯を温めると湯気になって立ちのぼる。それを呼吸で取り込むのが大事なのだという。
そういえば、あの狭いお風呂は、湯気がモクモクとこもっていた。入っているときは何も知らずに、ただ「シンプルなお湯だな」と入っていたけれど、あのこもった湯気こそが、よかったのかもしれない。今になって、そう思う。
ラドンって、こわくないの?
「放射線」と聞くと、どうしてもドキッとする。私も最初はそうだった。でも調べてみたら、こわがらなくていいものだとわかった。
まず、言葉を整理してみる。「ラジウム」は、自然の中にある鉱物(石)。このラジウムが少しずつ変化すると、「ラドン」という目に見えない気体になる。そして、そのラドンがほんのわずかに出しているのが「放射線」だ。つまり、ラジウム(石)→ ラドン(気体)→ 放射線、という順でつながっている。
「放射線」というと身構えてしまうけれど、温泉のラドンが出す放射線は、ごくごく微量。自然界にもともとあるくらいのレベルで、吸っても数時間で体から抜けて、溜まることもない。だから心配いらない、とされている。
むしろ、その微量の放射線が体を軽く刺激することで、新陳代謝や血行、免疫を助けてくれる、という考え方がある。これを「ホルミシス効果」と呼ぶそうだ(ただし、効果については諸説あるみたい)。昔から、ここに「湯治」として通う人がいるのも、なるほどと思った。
そう知ってみると、あの「病気を治しに来る真剣な人たち」の静かな空気にも、ちゃんと理由があったんだなと、後から腑に落ちた。こわがっていた自分が、ちょっと恥ずかしいくらいだった。
持ち帰れる、冷たい源泉のお水
そういえば、思い出した。ここは、冷たいお水を持ち帰ることもできた。きっと、あれが源泉のお水なんだね。私たちもありがたくいただいて、帰り道で飲ませてもらった。
飲みながら、ふと思った。「お湯は湯気を吸うのがいいって言うけど、冷たいお水は湯気が出ないし、あまり効かないのかな?」と。
これも調べてみたら、面白かった。実はラドンは、冷たい水のほうがたっぷり溶け込んでいるそう(温めると、湯気になって抜けていくから)。だから、冷たい源泉のお水は、むしろラドンが豊富なのだ。そして飲むと、ラドンはおなかから取り込まれる。だから「吸う」だけでなく「飲む(飲泉)」のも、昔からの取り入れ方のひとつなのだという。
ただし、ラドンは時間がたつとどんどん抜けて減っていく(ラドンの寿命=半減期は約3.8日)。だから、新鮮なうちに飲むのがいいそう。何日も置いておくと、ラドンはほとんど抜けてしまう(それでも、おいしいお水ではあるけれど)。そう考えると、帰り道でさっそく飲んだ私たちは、ちょうどよかったのかもしれない(笑)。
帰ってから、友達の「目が痛い」話
家に帰ってから、友達から「目が痛い」と連絡がきた。
「湯あたりの一種かもね。もし湯あたりなら、弱っているところに出てくることもあるみたいだし、目は休めるようにしてみたら?」と返すと、「あ、目はたしかに酷使してると思う。ちょっと朝まで様子を見てみる」。
そして翌日、また連絡がきた。「痛みがとれたら、目がすっきりした。なんでそうなったのかはわからないけど、”目を酷使してるよ”っていうお知らせだと思って、目をいたわるようにするわ」。
それからも友達は、「また不動温泉に行きたい。目は痛くなったけど、楽になったし」と言っている。
あのとき戸惑った独特の空気も、今思えば、ここが昔から大事にされてきた「湯治場」だからこそなんだろう。
もし私が、いつか病気で本当に困ったら、ここで「一日ゆっくりする」を数日繰り返して、湯治をしてみようと思っている。気のせいかもしれないけれど、座敷童がいるような、あんなに守られた場所のラドン温泉なら、効く気がするのだ。
今度は、ラドンをちゃんと意識して、あの湯気をしっかり吸いに行ってみたい。
泊まりたいなら、同じ源泉の隣の宿も
不動温泉は日帰り専用だけれど、すぐ隣に「えいせん京(北白川天然ラジウム温泉)」という宿がある。ここは不動温泉と同じ北白川のラジウム源泉とされていて、もともと「源泉湧出元」と呼ばれていた場所なのだそう。露天風呂付きの個室がある、泊まれる隠れ宿だ。素朴な不動温泉での日帰り湯治もいいけれど、泊まってゆっくりラジウム温泉を味わいたい日には、こんな選択肢もある。
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▷ こんなふうに連泊で温泉を巡っています → 温泉の連泊旅は、ビジネスホテル+日帰り温泉めぐり
施設情報:京都北白川 不動温泉(京都市左京区)
泉質:単純放射能冷鉱泉(天然ラジウム鉱泉)・泉温約9.5℃の冷泉
特徴:ラジウム保有量は関西トップクラス。北白川不動院(お寺)の境内にある、日帰りの湯治場。内風呂ひとつのシンプルな造りで、座卓のある大広間で一日ゆっくり過ごせる。源泉は冷たいため加温・循環あり。
※この記事は個人の体験・感想をもとにしています。温泉の効果・効能には諸説あり、感じ方には個人差があります。入浴・飲泉は施設の案内に従ってください。
▷ 次の話 冷たいお湯が続いたので、次は反対に、三重・湯の山温泉 グリーンホテルの“あつ湯”について書きました。

